毎日俳句大賞
第25回受賞作紹介

心映す 折々を詠む

 第25回毎日俳句大賞(毎日新聞社主催)の、全ての賞が決まった。応募数は一般の部約5000句、こどもの部約1万2000句、国際の部約1000句で、3部門で約1万8000句となった。12人の選者による審査の結果、大賞は大阪府羽曳野の松永典子さんと東京都小平市の佐藤そうえきさんの2人、こどもの部の最優秀賞は大阪市の清水谷愛花さんに決まった。国際の部の最優秀賞と新設の読者賞は、毎日俳句大賞公式ホームページで3月に詳報する。
 

大賞(2名)

エコバッグより柚子の香の文庫本

松永典子 さん(73)
大阪府羽曳野市

「外出時には常に、俳句手帳と薄い歳時記と文庫本をバッグに入れています。この時はエコバッグの中に大きな柚子(ゆず)をがさっと入れていました。文庫本にも柚子の香が沁みこんでいたことを、その夜のおかずとともに思い出します」。松永さんは俳句歴40年、1979年より「沖」、のちに「船団」「青垣」と3つの俳句結社に所属した。「転勤族だったため、各地に支部のある『沖』に入り能村登四郎、林翔の薫陶を受け、幸せな初学時代を送りました。『船団』では坪内稔典先生の自由であたたかい指導で、俳句を楽しい物として身に付けることができました。『青垣』では、もういい年になっていましたが、力が尽くせたかどうか心配です」。現在は俳句サイト「探鳥句会」編集代表を務める。「今後は、何物にも縛られずに自由に俳句の世界を楽しみたいと思います。自分にとっての俳句は生活習慣病ですね。やめられません」

空をみて山みて田みて秋深し

佐藤そうえき さん(47)
東京都小平市

「毎日、朝昼晩と空を見上げるようにしています。四季の豊かさや変化を感じる思いを大切にしたいからです。私の住む東京では、電信柱・電線、ビルなどの人工物が一緒に目に入ってきてしまいますが、2020年の秋に、ある自然豊かな所で空を見上げたとき、とても空が高く、視界には山と田しか入ってこなかったのです。じっくりと空と山と田をみてふと感じた様子をその場で句帳にしたためました」。テレビの俳句番組がきっかけで、2017年から独学で俳句を始めた。俳句結社にも所属していない。だが「好きな俳人は星野立子、石橋秀野、梅沢富美男です」と明快だ。どんなに忙しい時でも必ず毎晩、就寝前に俳句の本を読む。「俳句とは、人生のスピードを緩めてくれるものです。喜怒哀楽や四季の変化を俳句に詠むと、立ち止まることができる、そして人生が豊かになります。たった十七音ですが、その時の自分の気持ちを素直に表現し、これからも俳句を愉しんでいきたいですね」

こどもの部最優秀賞

片耳に音楽ともす夏の夜

清水谷愛花 さん(15)
大阪市福島区

「音楽を聴くことが好きです。夏季講習を終える時期に、音楽を聴きながら帰る時間が好きだな、と気づいたのがきっかけです」。清水谷さんは大阪市立野田中学校の3年生。学校からの団体として応募し、全65校と個人応募を含む総数1万句以上のなかから最優秀賞を射止めた。「予期せぬ受賞に驚きつつも、晴れがましく喜びをかくせない表情をしていました」と語る担当の先生に指導のポイントを聞いた。「今年度は授業の導入として、俳句番組『プレバト!』を見せました。どのようにして俳句をひねっているのか、また言葉の選択の過程など夏井いつき先生の解説が丁寧であることから、最適な導入であると考えました」。「俳句をつくるのは得意ではないけれど、楽しかったです。もし思いついたらこれからも作ってみたいです」と語る清水谷さん、俳句との出会いが楽しく豊かなものであったからこその受賞作といえよう。

〜その他の受賞(敬称略)〜


<準大賞2人>(賞金5万円)

・サージカルマスク水田を漂流す
 西村泉(66)=岡山県鏡野町

・月見草残して行きぬ墓仕舞い
 丹下美井(82)=北海道旭川市


<一般の部優秀賞2人>(賞金3万円)

・緑陰の妊婦同士やおなかに手
 安井三緒(72)=千葉市中央区

・天地に沁みるムツクリ冬落暉
 大谷義廣(83)=北海道釧路市


<一般の部入選22人>(記念品)

・花筏蟻が列して渡りおる
 環林檎(27)=高知県土佐町

・みちのくの十年白き曼珠沙華
 茂呂典正(72)=茨城県美浦村

・火と水の神せめぎ合ふ修二会かな    
 近藤久光(80)=愛媛県松山市

・終戦日太平洋の波しづか
 藤代省吾(64)=茨城県牛久市

・どの子にも戻る木霊や朝涼し
 清正風葉(62)=埼玉県川口市

・せり鍋や雪のにほひのする言葉
 まんぷく(51)=滋賀県高島市

・海女の浮くたびに広ごる鰯雲
 塚本治彦(67)=神奈川県茅ヶ崎市

・新涼や帽子を置けば草の音
 堀口みゆき(75)=神奈川県藤沢市

・さみだれや通学の路眼裏に(点字)
 衣川健一(67)=岩手県紫波町

・鍬の柄に父の艶あり十三夜
 小林万年青(86)=秋田市

・お使いに行って来た子の頬冷た
 小木出(73)=横浜市港南区

・電線の左右より葛の延びにけり
 東徳門百合子(74)=川崎市多摩区

・嚙みしめるごとく石段下り秋(点字)
 柿谷有史(43)=大阪市平野区

・無医村に生き存えて夕端居
 飯塚芙紅(92)=茨城県龍ケ崎市

・樺美智子忌書き込みにじむ文庫本
 持田義男(72)=埼玉県深谷市

・関節で繫がるからだ盆をどり
 伊藤柳香(70)=埼玉県入間市

・画用紙に一本の線燕来る
 石川誠一(86)=宮崎市

・地球儀の北極海に春ぼこり
 鹿野登美子(84)=大分市

・ゲバ棒とデモの青春木の葉髪
 早川たから(73)=宮崎市

・木犀や教室に鳴るチョーク音
 本橋 豊(79)=茨城県龍ケ崎市

・滑走路海へとのびて陽炎へる(点字)
 北村和久(75)=滋賀県米原市

・走り根を越ゆる走り根雲の峰
 吉次薫(76)=山口市


<こどもの部優秀賞5人>(記念品)

・トカゲいたジャングルジムのしたのくさ
 市川冬騎(7)=東京都武蔵村山市

・ブランコがうまくなるのも春でした
 田所そうし(9)=高知県土佐市

・ハリボテの学校見える夏休み
 日高こはる(13)=福岡県直方市

・家造る父の背炎帝の如し
 長田竜弦(15)=東京都八王子市

・鶏頭花壁画に空を飛ぶ人が
 東野礼豊(13)=名古屋市緑区


<学校優秀賞>

東京都練馬区立 小中一貫教育校 大泉桜学園
福岡県 私立筑紫女学園中学校
東京都武蔵村山市立 小中一貫校 大南学園第七小学校
福岡県糸島市立 前原東中学校
東京都狛江市立 狛江第一中学校
東京都練馬区立 開進第一中学校
静岡県静岡市立 蒲原中学校
高知県土佐市立 高岡第一小学校
山口県岩国市立 玖珂中学校
東京都八王子市立 由井中学校


<結社奨励賞>

俳句結社「鷹」(主宰・小川軽舟)

選を終えて
(選者:五十音順・敬称略)


▽石寒太/コロナ禍にはじまり、コロナ禍に終わってしまった2年余り。本大会にもあまたそんな句もあった。今回はそれ以外の句を、あえて選出した。もう少し時間を経てコロナを考えてみたい。

▽井上康明/世界的なコロナウイルスの流行。オリンピックの開催。東日本大震災から10年の歳月。世の変転の中で、変わらずにあるものは何か、考え捉えた味わい深い作品の数々であった。

▽宇多喜代子/大賞の佐藤さんの句。自分をとりまく何もかもが秋の深まりを感じさせます。山川水沢、一木一草、何もかもが秋気を受けてくっきりとして見えます。「秋深し」に説得力のある句。

▽大串章/入選の藤代さんの句に思う。2021年は太平洋戦争開戦から80年の節目の年、戦争の無謀・無残を忘れてはならない、再び戦争をしてはならないと改めて強く思う。

▽小川軽舟/大賞の松永さんの句。昔は買物籠、今はエコバッグ。レジ袋の有料化が背中を押して、昔の風俗が生まれ変わった。文庫本に柚子の香が移るのもエコバッグならでは。新しい生活実感を捉えた。コロナ禍の閉塞感の中でも暮らしは続く。あらためてそこに立脚する俳句の大切さを感じた。私たちの暮らしは時代とともにある。時代の変化が自ずからそこに現れる。

▽小澤實/優秀賞の安井さんの句。緑蔭に旧知の2人の妊婦が語り合い、互いの大きくなっている腹に手を当てている。触れ合う行為に、お互いの胎児の順調な成長と出産の無事を強く念じる思いを感じ取った。

▽黒田杏子/準大賞の丹下さんの句。近年、「墓仕舞い」の句は多くなっています。この句は、墓を仕舞われた方が月見草を抜かずに残して立ち去られたというのです。当事者の心と想いに触れた秀吟ですね。

▽高野ムツオ/新型コロナウイルスの句がいくつかあった。直接うたわれていなくても、ウイルス禍が発想に影響した句もあった。ウイルスもまた自然界の存在、芭蕉がいう乾坤(けんこん)の変の一つである。ウイルスとともに生きる、これも俳句のあり方、と選をしながら思った。優秀賞の大谷さんの句。ムツクリはアイヌ民族に伝わる竹製の楽器。日常的に用いていたらしい。音色が天地に沁みるという表現に神と人間との一体感が感じられる。冬の落暉(らっき)も神そのもの。

▽津川絵理子/世相を詠んだ句が多かった。それらに自分の事として対し、しっかりとした作者の視点が感じられるのがよかった。コロナを詠んでいなくても、その影響下で出来た句なのだ。

▽夏井いつき/素材や取り合わせとしてはありがちなのに、一片の真実味や独自性が加えられると、ハッとする十七音詩となる。そんな言葉の化学変化を、今年は殊に堪能させていただいた。

▽正木ゆう子/準大賞の西村さんの句。道に落ちていてさえ無残なマスクが、水田に浮かんでいるとは…。漂流という言葉が、途方にくれる人類に重なる。主観的な言葉なしに、情景描写だけで雄弁に時代を表した。コロナ禍・高齢化・非婚などが、時事的にでなく、人生に溶け込んだように自然に詠まれている句が増えたと感じる。諦めではなく、沈潜。私たちは粘り強くなったようだ。

<こどもの部>
▽夏井いつき こどもの部最優秀賞の清水谷さんの句。イヤホンから漏れるかすかな音を「ともす」と表現したのでしょうか。片耳ずつイヤホンを入れ、2人で同じ音楽を味わっているのかもしれません。「ともす」の一語によって豊かな詩となりました。