第25回 毎日俳句大賞

【選句体験記・その後】

続・私というひとつの視点

文・嶋村らぴ

 選句体験記執筆当時、句歴5ヶ月だった私も「句歴1年以上」に丸を付けられるようになった。

 

 数ヶ月前の自分が何を書いていたか読み返す勇気はまだないが、選句体験記後半の執筆依頼を頂いたので前半執筆から半年後の私の視点をここに残していく。

 

●本選の結果について

 

 最寄りのコンビニで毎日新聞を購入し「第25回毎日俳句大賞2021」の結果を確認した。

私が応援していた句は先生たちにはどう見えたのだろうかと恐る恐る上位入選句を確認していたら句友(であると同時に初めて私を句会に誘ってくれた恩人)のまんぷくさんの「せり鍋や雪のにほひのする言葉」が入選しており、夜中に部屋で一人、ウワーッ! と大きな声を出し喜んだことを思い出す。

 

 前半の体験記執筆時の私がこの句を取れなかった理由としては「せり鍋」についてよくわかっていなかった点と、選句体験記に送るぞ! と決めて選句を始めたため執筆に必要な時間(と労働など実生活に必要な時間)から逆算して選句に掛けられる時間の中ではその「せり鍋」について立ち止まる心の余裕がなかった点が思い当たる。

 

 当時はとにかく開き直って「無知な自分にもヒットする句」で選んでいたため、自分の中にない知識の句は取れなかったのだ。

 

 が、大賞・松永典子さんの「エコバッグより柚子の香の文庫本」については、なぜ当時の私は見逃していたのか疑問である。そして今日の私はとても反省している。

 

 今日の私はこの句がかなり好きだ。レジ袋ではなく「エコバッグ」であることも作者の丁寧な暮らしとささやかな生活が垣間見えるようで魅力的な要素のひとつだ。帰宅してエコバッグに詰めた今晩のおかずたちを冷蔵庫へ移しながら「柚子の香の文庫本」に気付いたのだろうか。気付いて、パラパラと捲って確認したりもしたのだろうか。文庫本を見つけた後の作者の行動まで想像してしまった。

 

 これは推測だが、当時の私は(急いで選句してしまったのもあるが)この句の持つ「ささやかな生活の中にあるささやかな幸せ」に気付けなかったのだろう。

 

 こうして選べなかった句について反省が出来るのも、選句時の私から今日までに少し成長出来たからだと前向きに捉えておくこととする。

 

 当時の私が選んだ三句は上位入選句に残っていなかったが「最終選考まで残った入選候補句」として、鈴木大三郎さんの「原爆忌茄子に空の映りゐる」と森加名恵さんの「逝く時は夢みるやうに昼寝して」が作品集に掲載され本選選者の先生方の佳作に残っていた。このことも自分のことのように嬉しかった。

 

 上位入選句の中で衝撃的だったのは準大賞・西村泉さんの「サージカルマスク水田を漂流す」だ。「サージカルマスク」が実際に「水田を漂流」していたと西村泉さんの受賞コメントにあり、東京育ちの私は驚いた。道路に落ちていたりすることはあるが、水田を漂流しているなんて。

 

 それだけでも衝撃的だったが、この句を特選に選ばれた正木ゆう子先生の<漂流という言葉が、途方にくれる人類に重なる>という選評を読んで更にこの句の世界が広がった。

 

 「コロナ禍」と呼ばれるようになってから数年が過ぎてしまった。ワクチンが打てればこの混乱も落ち着くだろうと思っていたが、私達は結局今日もマスクを手放す事が出来ずにいる。

 

 私達は、いつになったら「普通の生活」に戻れるのだろうか。

 

 「サージカルマスク水田を漂流す」には、不安だとか心配だとかそういう言葉が一切書かれていないのに、全体的に不安感が漂う句だ。

 

 〈情景描写だけで雄弁に時代を表した〉と正木ゆう子先生が書かれていたが、たった十七音でそれが可能になるなんて、改めて俳句って凄い文学なのだなとこの句と、正木ゆう子先生の選評で改めて感じた。

 

●読者賞について

 

 さて、第25回から新設された読者賞大賞は武藤主明さんの「携帯の声折りたたむ夜寒かな」に決定した。本選と異なる結果になるだろうとは予想していたが、改めて面白い試みだったなと結果を見て感じた。

 

 「携帯の声折りたたむ」とは、ガラケーの事だろうか。最後「夜寒かな」で着地するので、深夜の公園で電話していたのかもなどと私は想像した。電話を終えて、携帯を折りたたんでポケットにしまい、フゥとため息をつきつつ無音の夜寒を感じているのだろうか。

 

 読者賞は読者が選ぶというのもあり、何となくだが本選よりも日々の暮らし感・身近な生活感のある句が上位に入った気がする。まさに読者が選ぶ「読者賞」らしく、鑑賞文も含めて受賞作・受賞候補作を眺めていて楽しい。読者賞の試みはこれからも続けて欲しいと強く思う。

 

 最後に。読者賞の試みのひとつ「選句体験記」に参加することが出来て良かったと心の底から思っている。そして同時に、去年の私のような俳句初心者にこそ挑戦して欲しいと強く思う。

 

 自分の選句過程と思考回路を文章として残しておく事は大変勉強になるし、貴重な経験だった。そして同じ条件で選句・執筆した他の読者の選句体験記と読み比べることも勉強になる。

 

 私の尊敬する夏井いつき先生も、俳句上達のポイントは〈俳句を作ること〉と〈俳句を読み解くこと〉と本に書かれていた。読者賞、そして選句体験記はこの〈俳句を読み解くこと〉と真剣に向き合う事が出来る良い機会であると強く思う。

 

 句歴が浅くても、俳句に対する知識が全くなくても、勇気があれば挑戦が可能であることを私は後続の初心者へ残せただろうか。

 

 もし、鑑賞文を送る時に「間違っていたらどうしよう」だとか「恥をかいたらどうしよう」だとか迷ったら先に無知を晒した私の存在を思い出してくれたら幸いだ。

 

 読者賞は、読者の投票で読者が決める、読者のための賞だ。

 

 新設された読者賞が永く永く続いていくよう、読者としてこれからも応援し、参加し続けようと思う。

 

 そして次は、投句参加者の一人として。
 

【プロフィール】

 嶋村らぴ

 1991年神奈川県生まれ。「いつき組」一年生。俳句を趣味とする祖父の背中を見て育つ。
 2021年7月に何となく一句目を作る。作る過程で「卯の花腐し」という季語に感動し、二句三句と作り、気付けば本日に至る。
 

読者賞選句体験記一覧