【選句体験記】

「五七五」の囁きに耳を澄ませて

 文・西村五子

 自身の俳句が一次予選に残っているかどうかと毎日俳句大賞のホームページを開いたことで意外にも選句体験記に応募することになった。

 私にとって今年の11月はかなりきつい一か月で、義母の看取り、同時に分かった叔母のステージ4の癌。12月に入りふと毎日俳句大賞の結果が気になった。結果は投句した2句とも何とか一次予選通過。ただ通過しているかどうかも定かではない自身の俳句を見つけるのはかなり骨の折れることだった。発売される作品集ならば都道府県別に発表される句が、この段階ではただ1番から1724番まで58ページにわたって並び、幸か不幸か私の俳句はかなり後ろに載っていたからである。しかしそのことで選句体験記に応募する気になったのだ。

 自分の俳句を探しあてる前に、私は幾つかの俳句の前にマウスが止まった。俳句が私に話しかけてくる。まるでアルバムの中の人たちが話かけてくるように。だから1724句の中から何句かを選ぶというのは難しいことではなかった。

 0035 大きめの制服の群れ山笑ふ

 伯耆大山を背に土手を中学校に向かう学ランの男子たち、まさに何十年か前の息子たちの姿。育ち盛りだからすぐに制服が小さくなることを考えて随分大きなサイズを選んでしまったことだ。あれから昭和・平成・令和と時代は移ったのに来年中学生になる孫もあいもかわらず学ランらしい。変わらぬ山並みが微笑んでいる。

 1140 保育所の靴箱ひくし日脚伸ぶ

 未満児から保育園通いの孫たち。共働きの両親に代わって保育園の送迎はリタイアした祖父母が担う。やっと歩き出し、低くて小さな靴箱(下駄箱とは最近言わないのだろうか?)に自分でいれたがり駄々をこねる。保育園は靴箱に始まり、トイレや洗面所何もかも小さくてそのぶん子供たちの視野は開けている。保育士さんも子供の目線までしゃがんで話しかけられる。祖母として学ぶことが多かった。そんな孫も来春は小学一年生。「日脚伸ぶ」の季語で少しずつ近づく小学校生活への期待がよくわかる。

 という具合に、過去と未来がないまぜになって一晩中私は俳句を読んでいた。

 0807 一匙の新酒看取りの枕辺に

 長年酒屋を営んでいた義母が近年腰や足を痛めて施設入所を余儀なくされた。お酒は一滴も飲めない体質だったのに一杯飲みの酔客のあしらいはうまかった。嫁にきた私も時々店に立ち、本当においしそうにお酒を召しあがっていた方々の顔が目に浮かんでくる。もう鬼籍に入った方も多いけれど、こときれるとき長年連れ添った奥様はきっと夫に好きだったお酒をと思われたに違いない。それが新酒の時期ならいいなあと切に思う。義母は息子である私の夫と私が永遠の旅立ちを見送った。

 俳句を詠むのは私にとって愉しみというより苦しみのほうが大きいのかもしれないと句歴が10年を過ぎたころから思うようになった。上手く詠みたいとか、結社の中で少しは認められたいとかといった雑念が句作を邪魔する。翻って選句はどうだろう。本当に楽しい時間だ。五七五の中に限りない景色情景が浮かび上がって永遠の物語が始まる。その物語の作者は読み手である。

 今回毎日俳句大賞の関係者の方がこのような企画をしてくださったことに感謝していると同時に、「俳句αあるふぁ」の再開を心から待ち望む。
 

【プロフィール】

 西村五子

 昭和29年鳥取県境港市生まれ。鳥取県米子市在住。平成18年より俳句結社「鷹」の同人の方の元で作句開始。4年後自身も「鷹」へ投句を始め現在に至る。60才で退職ののち鷹中央例会関西に年三回程度参加して選句を経験。