夏井いつきの「発掘忌日季語辞典」

ダイアナ妃忌

第2回

【傍題】
レディダイアナ忌・英国の薔薇忌

【解説】
1997年8月31日、イギリスの皇太子ウェールズ公チャールズの元妃ダイアナ・フランセスがパリの路上にて交通事故死した日。
名門貴族スペンサー伯爵家の三女として生まれ、1981年にチャールズ皇太子と結婚。二人の息子ウィリアム王子、ヘンリー王子をもうけるが、チャールズ皇太子と不仲になり別居。1996年離婚。離婚後は、エイズ問題、ハンセン病問題、地雷除去問題などに熱心に取り組んだが、1997年不慮の死を遂げる。ダイアナ元妃事故死のニュースは世界中を驚かせた。陰謀説が取り沙汰された時期もあったが、現在は過失による交通事故死という結論に固まりつつある。

傍題「レディダイアナ忌」は、1975年に父が伯爵位を継承した折、ダイアナもレディ(姫、令嬢)の儀礼称号を得たことによるもの。

傍題「英国の薔薇忌」は、ダイアナ元妃の葬儀で演奏されたエルトン・ジョンの「キャンドル・イン・ザ・ウィンドウ 1997」に由来するもの。この曲の中ではダイアナという名は直接使われず「英国の薔薇」と呼びかけて歌われている。

  *(
カット=律川エレキ)

以上が「ダイアナ妃忌」についての基本データである。今回もさまざまな切り口の作品が寄せられた。ただ、読者諸氏と理解を共有しておきたいことが一つある。本連載の一回目に書いた文章を、以下に引用する。

「さまざまな手法はあれど、忌日季語がどんどん増えていくことだけは間違いない。だって、人はどんどん死んでいくんだし、ネット社会の今、人々の死は世界中に発信されていく。いずれ百年後の未来には、忌日季語だけで春夏秋冬新年の別冊が必要となってくるかもしれない。

そこで、時代の魁として『忌日季語辞典』の編纂を試みることにした。季語に匹敵する強い連想力を持つ人物の忌日を発掘するのが、本活動の目的である。そのために、忌日季語発掘委員会を組織する。読者諸氏も、忌日季語発掘委員の一人となって、例句作りや情報収集に協力して欲しい」

本企画は、世間に埋もれている忌日季語を発掘することである。今回であれば「ダイアナ妃忌」や他の傍題を入れた句に挑戦し、それが季語として生き残っていくのかどうかを見守ろうではないか、ということを趣旨としている。以下の句なんぞは、飄々とした味わいが好みなのだが……

 ダイアナと名付けし金魚逝きにけり(八川信也)

句としては巧い。巧いが、やはりこれは「金魚」の句として鑑賞すべきものだろう。ダイアナと名付けられた美しい金魚の死に哀悼の意を捧げたい。

本連載への投句においてお願いしたいのは、兼題である忌日季語を詠み込むという一点のみ。よろしくご協力いただきたい。

 ロンドン橋落ちたるレディダイアナ忌(みやこまる)

 英国の薔薇忌さよならは言わない(奥山育代)

これは本歌取りというべきなのか。二句並べると歌声の交錯に、脳が破裂しそうになる。ロンドン橋落ちたという事件を軽やかなリズムで明るく歌う少年少女合唱団と過激で過剰で派手な衣装のエルトン・ジョンに、小田和正の繊細な歌声が重なる。この喧噪の中で見送られるレディダイアナが切ない。

投句は全国津々浦々から届くわけだが、まるで夫婦漫才の如き二句を見つけ、顎が外れそうになった。

 ダイアナ妃忌あんな男はくれてやる(岩神刻舟)

 ダイアナ忌生きてる者が勝ちなのよ(安藤和子)

どうみても一句目はダイアナ妃の台詞だろうし、二句目はカミラ夫人のそれに違いない。確かに「生きてる者が勝ち」かもしれないが、年月というものはいかにも残酷。「老醜の顔はチャールズダイアナ妃忌 髙梨裕」なんて句もあったが、生きて在る以上、老化老醜は人間の宿命。生きているものは、現世のささやかな幸せを吸いながら醜く老いていくしかないのだ。

その一方で、死者の時間は止まったままだ。ダイアナ妃が日本を訪れた時の美しい装いは、今も私たちの脳裏に刻まれている。

 金髪や日の丸の服ダイアナ妃忌 (森田節子)

 英国の薔薇忌水玉ワンピース(權守いくを)

 ダイアナ妃忌鐔広帽子とびたてり(天野真弓)

 面影やダイアナ妃忌のつば広帽(中山三十四)

1986年来日の折、修学院離宮を散策するダイアナ妃のドレスに日本中の目が集まった。大きな赤い水玉を全身に散らしたワンピース。真っ赤な鍔広帽子、大きな真珠のイヤリングとネックレス、そして白靴のヒールと爪先だけを赤くした心遣いのデザイン。あんな大胆なファッションを上品に着こなせるって! と、日本中が感嘆したことを思い出す。

しかし、ダイアナ妃は幸せの絶頂であったはずの結婚式の時から淋しそうな眼をしていた。俯きがちな、上目づかいの視線がそう思わせるのか、ロイヤルブルーの瞳の色がそう感じさせるか。後付けの感想ではなく、彼女の「淋しき眼」を感受した人たちもいたはず。

 英国の薔薇忌や深く淋しき眼(大村森美)

「英国の薔薇忌」は、真っ赤な薔薇を思わせる。ダイアナ妃の華麗な経歴に重なる。「や」と強調した後に出現する「深く淋しき眼」。その深い青との色彩的対比が、鮮やかで切ない。「ダイアナ妃忌」ではなく、この傍題を選んだ効果を十分に感知できる作品だ。

離婚が成立し、王室を後にしたダイアナ元妃は、慈善活動家としての人生を歩み始める。エイズ病棟を訪れ、HIV陽性患者と素手で握手をする姿が世界へ報道され、「触れただけで感染する」というエイズに対する偏見を砕いた。地雷撤去の活動を支援するニューズ映像も印象に残っている。地雷を撤去したばかりの野を颯爽と歩くダイアナ元妃の姿に、こんな活動もされているのかと尊敬の念を抱いた。

 ダイアナ妃忌踏み出せばみな地雷の野(生江八重子)

ダイアナ元妃にとって、王室を出ることは「みな地雷の野」であったのか。いや、王室という場所も一種の「地雷の野」だったのかもしれない。さらにいえば、「踏み出せばみな」とは、人生という限られた時間に対しての措辞かもしれない。ダイアナ元妃の慈善活動とその生涯を重ね合わせての一句に違いない。

 英国の薔薇忌ドレスを鳩に替へ(谷口詠美)

「ダイアナ妃は離婚後、社交界のドレスを売り、ボランティア活動の費用にしたそうです」という作者のコメントも添えられていた。「薔薇」「ドレス」「鳩」と取り合わせられた言葉は、長い長い歴史を持つ「英国」という国のイメージとも響き合う。絢爛なドレスから生まれる平和の象徴としての「鳩」がいかにも鮮やかな作品だ。

 英国の薔薇忌煩き翅の音( 斎乃雪)

ダイアナ元妃死亡事故の誘因ともなったパパラッチの存在を詠んだ句も多々あったが、この句の比喩はやはり巧い。耳鳴りのように「煩き翅の音」が常に全身を包んでいるのだと思うと、王室を出た後も、普通の人には戻れない宿命が痛々しい。わが身に集まる虫たちの羽音を「薔薇」はどう聞いていたのか。

 ダイアナ妃忌凍った薔薇の砕け散る(中山月波)

「ダイアナ妃」=「薔薇」は、エルトン・ジョンの歌のみならず、世界の人々が共有できる彼女の華やかな印象だろう。その人生が一瞬にして凍り付き、砕け散る。事故死の瞬間を想像すればするほど「凍った薔薇」という措辞が胸を刺す。

 ダイアナ妃忌鳥打ち当たる硝子窓(梶真結子)

「硝子窓」に「鳥」が激突することがある。某大学の磨き上げられたカフェテラスの硝子に、鳥が激突する瞬間を目の当たりにしたことがある。小さな黒い影がクラッシュする衝撃に心が戦いた。

「鳥打ち当たる硝子窓」という淡々たる語りが痛々しい。「ダイアナ妃忌」と取り合わせられることで、可憐な少女だったダイアナ、結婚の喜びに輝くダイアナが「鳥」として象徴される。その鳥が「打ち当たる」という複合動詞は悲惨な事故死を、「硝子窓」は王室という透明な壁を比喩しているのかもしれない。

かの美しい「鳥」であったダイアナ元妃のご冥福を心からお祈りしつつ、今回寄せられた秀句を追悼の意として捧げたいと思う。



◆「ダイアナ妃忌」入選 18句

英国の薔薇忌煩き翅の音       (斎乃雪)
ダイアナ妃忌鳥打ち当たる硝子窓   (梶真結子)

ダイアナ妃忌踏み出せばみな地雷の野(生江八重子)
英国の薔薇忌や深く淋しき眼     (大村森美)
黒き翅あはせダイアナ妃忌のてふ   (すりいぴい)
あたたかき雨降りダイアナ妃忌なりき (青萄)
この空もダイアナブルー英国の薔薇忌 (七瀬ゆきこ)
献杯はアールグレイでダイアナ妃忌  (權守いくを)
ダイアナ妃忌そして小さな花を植う  (登るひと)
レディダイアナ忌パリの街路を封鎖せよ(正谷民夫)
ダイアナ妃忌凍った薔薇の砕け散る  (中山月波)
薔薇色のダイアナ妃忌の夕日かな   (立川六珈)
月光はタフタ英国の薔薇忌      (西川由野)
英国の薔薇忌ドレスを鳩に替へ    (谷口詠美)
直立の青き花ありダイアナ妃忌    (次郎の飼い主)
ダイアナ妃忌蒼ざめた薔薇生まれけり (薄荷光)
ローズシュガー溶けてレディダイアナ忌(洒落神戸)
真珠色の折鶴レディダイアナ忌    (花節湖)


◆「ダイアナ妃忌」佳作 53句

英国の薔薇と名づけし星に酒     (明惟久里)
ダイアナ妃忌ガラスの窓の馬車あの日 (藤田康子)
くちびるの散る英国の薔薇忌かな   (曽根新五郎)
薔薇を活けダイアナ妃忌を修しけり  (藤下恒)
英国の薔薇忌に偲ふパパラッチ    (岡まゆみ)
英国の薔薇忌母恋ふ少年兵      (森哲州)
薔薇の雨ダイアナ妃忌を淑やかに   (愚己庵)
永遠に残る微笑みダイアナ妃忌    (足立けん児)
英国の薔薇忌豊旗雲へ鐘       (ひでやん)
英国の薔薇忌や棘をふんはりと    (丸山ま美)
太陽は沈まずレディダイアナ忌    (渡部慎一)
英国の薔薇忌よそつと薔薇飾る    (楢﨑まさ子)
初めから子を産むためやダイアナ妃忌 (加瀬京子)
薔薇色は血の色レディダイアナ忌   (渡部慎一)
ダイアナ妃忌やラ・セーヌの秋深し  (秦孝浩)
憂ひ顔ばかりやレディダイアナ妃   (大村森美)
ダイアナ忌たった一つの宇宙薔薇   (宮田よりを)
開くとき薔薇の淋しき薔薇の妃忌   (伊藤幸子)
英国の薔薇忌よ月のラ・セーヌよ   (秦孝浩)
記念切手まだそのままにダイアナ妃忌 (鹿野登美子)
婚礼のゴスペル届けダイアナ妃忌   (村井純子)
ダイアナ妃忌薔薇丹精に老婦人    (髙梨裕)
憂鬱のロイヤルブルーダイアナ妃忌  (石岡牧子)
ダイアナ妃忌一日ちあきなおみ聞き  (杉山和美)
ダイアナ妃忌まだまだ先が見えません (小木さん)
鎮魂の海に日の入るダイアナ忌    (中村岳志)
レディダイアナ忌今日こそ赤いバラ買おう(中西柚子)
プリザーブドフラワーに水ダイアナ妃忌(神山刻)
英国の薔薇忌エイズで逝きし友    (都乃あざみ)
英国の薔薇忌を唄ふ婆娑羅髪     (内藤羊皐)
雨隠れダイアナ妃忌のラブホテル   (かつたろー。)
ダイアナ妃忌噂千里を走らす     (福永浩隆)
一瞬の香り今なほレディダイアナ忌  (桑原淑子)
運命の枷は外せずダイアナ忌     (小菅信一)
ダイアナ妃忌馬場映えしむる秋薔薇  (清家馬子)
悲しさのダイアナ妃忌やもう消そう  (原智夫)
EU離脱レディダイアナ忌の国旗    (小嶋芦舟)
英国の薔薇忌薔薇好き増えている   (小島きく子)
ダイアナ妃忌二人の王子母を恋ふ   (夢想庵主人)
ダイアナ妃忌目差しは王室の外    (岡田春人)
輝きを空に返すやダイアナ忌     (柳村光寛)
残る虫闇を抱きてダイアナ忌     (鈴木良二)
無垢なまま星瞬いてダイアナ妃忌   (蓼科川奈)
微笑んで誤魔化しているダイアナ忌  (田中亜紀子)
金髪や日の丸の服ダイアナ妃忌    (森田節子)
ダイアナ妃忌鐔広帽子とびたてり   (天野真弓)
面影やダイアナ妃忌のつば広帽    (中山三十四)
笑み顔の眼差し虚ろダイアナ妃忌   (藤井樹平)
ロンドン橋落ちたるレディダイアナ忌 (みやこまる)
英国の薔薇忌さよならは言わない   (奥山育代)
ダイアナ妃忌あんな男はくれてやる  (岩神刻舟)
ダイアナ忌生きてる者が勝ちなのよ  (安藤和子)
英国の薔薇忌水玉ワンピース     (權守いくを)



 
  • ■夏井いつき プロフィール
    ■夏井いつき プロフィール



    俳句集団「いつき組」組長。毎日俳句大賞「一般の部」「こどもの部」選者。
    テレビやラジオの出演の他、YouTube「夏井いつき俳句チャンネル」も開設。
    俳句の豊かさ、楽しさを伝えるため「俳句の種」を蒔きつづけている。