無責任男の忌・スーダラ忌・ハイ!それまでよ忌・分かっちゃいるけどやめられねぇ忌
「ハナ肇とクレージーキャッツ」のメンバー。俳優でありコメディアンであり歌手でありギタリストでもあった。1961年 テレビ番組『シャボン玉ホリデー』にて、コント・歌・「お呼びでない?こりゃまた失礼いたしました!」等のギャグで、爆発的人気を獲得。1962年 東宝映画『ニッポン無責任時代』が大ヒット。「無責任男」をキャッチフレーズに数多くの映画に出演。『スーダラ節』『ドント節』等のコミックソングを次々にヒットさせた。2007年3月27日、肺気腫による呼吸不全のため、80歳にて死去。
新しい忌日を発掘する作業を始めて、今回の募集が5回目。新しい兼題に対して、読者諸氏が様々な情報収集に努めてくれていることに感心する。
寺坊主昭和を喰ってハイそれまでよ忌(髙梨裕)
寺なんぞどうでもいいやスーダラ忌 (梅本幸子)
植木等忌や袈裟はたたみてペット吹く(宙のふう)
なんで寺? と思ったが、植木等は三重県の寺の住職の息子として生まれたのだそうな。ご本人も、東京駒込の寺にて小僧の修行をした時期もあるらしい。忌日季語は、その人物の人生を調べることから始まる。この3句ともに作品として誉めるほどのものではないが、よく調べました! という努力賞は差し上げたい。
木魚の音ドドンパになるスーダラ忌 (朶美子)
本堂へ大き銀幕植木等忌(斎乃雪)
寺を想像させる「木魚」「本堂」等の言葉を使って、故人の出自を思わせる。忌日俳句を詠む場合の有効なテクニックだ。前句「木魚の音」が次第に「ドドンパ」になっていく。また和尚がふざけてる? と振り向くと、そこには和尚に扮した植木等が座っていそうだ。後句、かつて映画館のない町や村では、学校の講堂や寺の本堂に大きな白い布を張り、映画上映が行われた。「本堂へ大き銀幕」とは、娯楽の少なかった時代の光景を詠んでいるに違いない。下五に本名を冠した「植木等忌」を選んだのは故郷に錦を飾る思いか。
こんなお便りも頂いた。「暮れも押し迫る頃、毎日のように植木さんのことを考え、俳句をひねり出すという何とも不思議な日々を過ごしました。 梶真結子」
植木等忌洗濯物のすぐ乾く(梶真結子)
梶さんちのベランダで乾く「洗濯物」がみえてくる。すぐに乾いたわ、3月もあっという間だわ、なんて気持ちが、 3月27日という忌日の春の気分に似合う。庶民派の植木等と日常的なモノである「洗濯物」の取り合わせもいい。取り込みながら、スイスイスイダラダッタ♪ なんて鼻歌をうたってるのかもしれないと思うと、ますますほのぼのとした気持ちになる。
梶さんのこの「不思議な日々」を読者諸氏も味わって下さったようだが、届いた投句を整理していてちょっと愉快になったのは、今回提示した傍題の中で最も長くて難しい「分かっちゃいるけどやめられねぇ忌」を使った句が沢山届いていたことだ。俳人のチャレンジ精神凄いなあ! と思うが、小木さんの「ああ分かっちゃいるけどやめられねぇ忌」ってのは、あまりにも手抜きではないか。季語だけで15音もあるから、残りは2音。「ああ」ぐらいしかやれないと開き直っているのだろうが、独自の表現部分があまりにも少ない。
明惟久里さんの「分かっちゃいるけどやめられねぇ忌の嬉」は、最後の「キノキ」という音と「嬉」の1字に、たった2音でできることに挑戦する気概がみえる。
が、これだけ長い傍題なのだから、17音に収めることに腐心するよりは、意図的字余りを使ってもう少し情報を入れてみようと考えるのも一手だ。安藤和子さん「過労死やわかっちゃいるけどやめられねぇ忌」、生江八重子さん「酒よ酒分かっちゃいるけどやめられねぇ忌」、中西柚子さん「暖簾潜るわかっちゃいるけどやめられねぇ忌」、西川由野さん「カレーにウスター分かっちゃいるけどやめられねぇ忌」などは、何がやめられないのかが、明確に分かる。
分かっちゃいるけどやめられねぇ忌プロデューサーのお呼びです(丸山ま美)
死んでもバカのシャボン玉分かっちゃいるけどやめられねぇ忌(七瀬ゆきこ)
この傍題で「植木等」の臭いを感じられた2句。韻文らしいリズムも確保されている。前句「プロデューサーのお呼びです」の裏には、お呼びでない? こりゃまた失礼! という植木ギャグが隠されているし、後句「死んでもバカ」は「馬鹿は死んでも直らない」という曲名に引っかけてある。シャボン玉がパカンと割れた後の水色の春空が見えてくる追悼句だ。
お呼びでない空気漂ふスーダラ忌(岡まゆみ)
植木等の「お呼びでない」という有名なギャグについて、岡まゆみさんのコメント。
「『空気が読めない人』とよく言いますが、『お呼びでない? こりゃまた失礼いたしました!』というギャグは空気が読めてそれを逆手に取ってちゃかしたギャグだとあらためて思いました。そこで、スーダラ忌自体がお呼びでないと仮定して俳句にしてみました」。
空気が読めなかったら、このギャグが使えるタイミングを摑むことはできない。「スーダラ忌自体がお呼びでない」とまでは読み取り難いが、「お呼びでない」というギャグの本質を教えていただけたような気持ちになった。
セッションへ立ちあがる杖スーダラ忌(欲句歩)
「植木等さんは存命なら92歳。昔テレビや映画で拝見しましたが、おしゃれで周りを元気にするすごいオーラを発していました」と語る欲句歩さん。生きておられたら92歳か。「杖」をついて立ち上がる姿もギャグにしてしまい、見事な演奏をするのだろうと、92歳の植木等を想像させてもらった一句。
スーダラ忌昭和の色気あるスーツ(中西柚子)
「昭和の色気」という言葉がいい。上五を「植木等忌」とすると人物がそのままでてしまう。植木等ご自身は、そんな言われかたをすると照れて拒むのではないか。上五の「スーダラ忌」が、彼の真面目なシャイを受け止めているのではないか。そんな気もする。
実は、我が夫加根兼光は、テレビCMプロデューサーとして30数年働いてきたのだが、植木等さんとは小林製薬『タフデント』のCMをずっとご一緒していた。
「非常に真面目な方で、普段は笑うことはないし、人を笑わせることもない。言葉数も少ない。植木さん自身が、これは違うと思うことは絶対にやらないという、意志のある人だった」と。
2回目の撮影の時のエピソードだ。自分が考えているようなことを演出家が指示できず、段取りが悪く、撮影がストップしてしまったという。こんな時、出演者は一度楽屋に戻り、仕切り直しできるまで待機するのが普通なのだが、植木さんは「椅子を持ってこい!」とスタジオのど真ん中に椅子を置き、撮影が再開されるまで睨みをきかせていたらしい。「その反面、長い付き合いを大事にする方で、『今回のスタッフにこの人がいるから、この仕事受けたんだ』とおっしゃるような人情の厚い面も持ち合わせた人だった」。植木さんのお葬式から戻ってきた夫がしみじみ語っていたことを思い出す。
本当の顔どれ植木等の忌(長尾登)
芸能人と呼ばれる人たちとお仕事をする機会が、私にもある。総じて、芸人、コメディアンを生業としている人たちは真面目で礼儀正しい。根気強い努力家だ。が、だからといって、テレビで見せる顔が偽物の顔であるはずもない。「本当の顔」とは、それら全ての要素を含んで渾然一体に存在するもの。芸能人であろうがなかろうが、「本当の顔」とはそういうものだろう。
植木等という人物の、仕事に対する厳しさは、そのまま自己に対する厳しさとなっていたのだろう。そうでなければ、国民的コメディアンとして日本人の心に生き続ける存在となることなんてできるはずがない。
植木等忌芯にぶれなきフラフープ(遠藤昭三)
昭和のある時期に流行った「フラフープ」との取り合わせが懐かしい。「芯にぶれなき」とは、植木等の妥協を許さない姿勢、自己への厳しさを暗示する。それでいて、腰をクニャクニャ動かして「フラフープ」を回す様子の可笑しさが、彼という人物の有り様を象徴しているといえよう。
給食はオーロラ鯨植木等忌(藤井樹平)
植木等忌鏡台にまだ加美乃素(西川由野)
等忌や昭和の透けるソノシート(大西誉子)
昭和という時代の手触りを感じさせるモノと取り合わせた句。1句目、捕鯨に対する世界的バッシングを浴びている日本。「給食はオーロラ鯨」に苦い郷愁を感じる。2句目「加美乃素」という養毛剤の名を知っている世代も次第に減っているはず。「まだ」の一語がそれを語る。3句目「ソノシート」に透ける「昭和」への思い。そこに記録されている曲を聞くための装置そのものが手に入りにくい時代となった。
テレビの空は灰色だったスーダラ忌(ひでやん)
総天然色ニツポンハイ!それまでよ忌(高橋麗子)
「テレビ」一つとっても、格段の進歩を遂げた昭和という時代。かつて「灰色だった」テレビの空は、今や「総天然色」だ。そんな「ニツポン」そのものが「ハイ!それまでよ」とならないことを願う。植木等はそんな時代を、真面目に、可笑しく、生き抜いた人物でもあるのだな。
◆「植木等忌」入選 18句
テレビの空は灰色だったスーダラ忌 (ひでやん)
一杯のつもりが植木等の忌 (曽根新五郎)
本当の顔どれ植木等の忌 (長尾登)
植木等忌芯にぶれなきフラフープ (遠藤昭三)
しやぼん玉吹いてホラ吹くスーダラ忌 (秦孝浩)
スーダラ忌昭和の色気あるスーツ (中西柚子)
給食はオーロラ鯨植木等忌 (藤井樹平)
等忌や昭和の透けるソノシート (大西誉子)
植木等忌バチの折れたるドラムかな (小菅信一)
総天然色ニツポンハイ!それまでよ忌 (高橋麗子)
木魚の音ドドンパになるスーダラ忌 (朶美子)
スーダラ忌旧丸ビルに地下食堂 (内藤羊皐)
ハイ!それまでよ忌停年離婚状 (生江八重子)
本堂へ大き銀幕植木等忌 (斎乃雪)
植木等忌鏡台にまだ加美乃素 (西川由野)
スーダラ忌ロダンの像は考え過ぎ (一斤染乃)
置き忘れらるる寿司折スーダラ忌 (次郎の飼い主)
ままごとの夫は酔ひどれスーダラ忌 (梶真結子)
俳句集団「いつき組」組長。毎日俳句大賞「一般の部」「こどもの部」選者。
テレビやラジオの出演の他、YouTube「夏井いつき俳句チャンネル」も開設。
俳句の豊かさ、楽しさを伝えるため「俳句の種」を蒔きつづけている。