夏井いつきの「発掘忌日季語辞典」

「バスコ・ダ・ガマ」解説と秀作・佳作句発表

No.15

【傍題】
インド航路開拓忌
スパイス忌(胡椒忌・肉桂忌などもありか)
ヴィディゲイラ伯爵忌

【解説】
1524年12月24日、ポルトガルの航海者、バスコ・ダ・ガマが亡くなった日。病没。

インド航路開拓によって香辛料の原産地に到達。以後、香辛料の輸入によって、首都リスボンに大きな繁栄をもたらすこととなる。

とはいえ、国の方針は、交易というよりは支配を目指すものであったため、バスコ・ダ・ガマの功績はかなり血生臭いものでもあり、ヨーロッパ各国がアジア進出策をとる契機ともなった。傍題「ヴィディゲイラ伯爵忌」は褒章として与えられた町の名に由来する。

新たなる挑戦者の皆さん
ようこそ、忌日季語の世界へ! 
と、まずは歓迎の意を表したいところなのだが、今回、掟破りの句が色々届いていることに気づく。

  きぼうとは バスコダガマ忌 喜望である(仮初紫)
  バスコダガマ忌 デアゴスティーニ 衝動買い(はる坊)
  水平線 バスコ・ダ・ガマ忌 栄なる日(広明)
  洋上の バスコダガマ忌 明日を待つ(たなかきょうじ)

俳句の表記は「五七五の間を空けずに、一行に縦書きするのが基本」なのである。ネット記事の横書きは、泣く泣く許容するしかないが、間を空けない表記で今後も投句に挑んで欲しいのよ、君たち。

さらに、こんなのも……とほほ。

  桜見ず富士を仰がずガマ帰る(綺楽よしじ)

初めて目にする俳号だと思うのだが、綺楽よしじ君よ。我々は、新しい忌日季語を発掘し、秀句を作ることに挑戦し、その忌日季語を次代の歳時記に採用させよう! という試みに挑んでいるのだよ。

よしじ君よ、「ガマ」はあるけど「バスコ・ダ・ガマ」はどこよ……。季語は「桜」なのかよ、「ガマ=蟇」かよ……わたしゃ、涙がちょちょぎれるよ。

  「バスコダ」がまぁ切れ目だと思うよね(市蔵)

は? バスコ・ダ・ガマって切れ長の目だっけ? と肖像画をしみじみ見て、気づいた。市蔵くんよ、君が言いたいのは、「バスコ」で切れるって知らなかった、まぁ「バスコダ」って思い込んでる人が多いんじゃない……ってことなのね。を、を、涙。

  バスコ・ダ・ガマ忌親友は喜望峰君(ちびつぶぶどう)

君の親友「喜望峰君」というのは、ひょっとして、黒岩徳将(くろいわ・とくまさ)君なのね? 京都の洛南高校チームで俳句甲子園出場。現在は、現代俳句協会青年部副部長も務める期待の若手俳人だ。

が、ちびつぶぶどう君よ、彼の俳号は「喜望峰」じゃなくて「希望峰」なのだよ。漢字が一つ、違っているよ……。親友なら正しい字を書いてやってくれよ。を、を、希望峰くん号泣だよ。

  世界史B右上の人スパイス忌(沙那夏)

バスコ・ダ・ガマって、世界史Bの授業で確かに習ったし、教科書の右上に写真が載ってた人なんだよね~と、記憶をたどる沙那夏さん。その気持ち、分かるわ~。私もおぼろげな記憶しかなくて、なんか髭はやしてた爺さんやったなぐらいで……。嗚呼、世界史の教科書にまで載ったのに、バスコ・ダ・ガマ、号泣するかも。

正直に告白すると、この発掘忌日季語辞典という企画を面白がって始めたものの、それなりに結構ヘビーであることが、連載を始めてすぐに身に染みた。

兼題として出題する故人について、深い知識があるわけではない。この人、面白いんちゃうか~ぐらいのノリで出題するものだから、その度いちいち本を探し、空き時間を使ってちまちま読む。一つの本だと見方が偏っているかもしれないと、斜め読みになったりもするが数冊は読むのだ。

亡くなった人ばかりではなく、「オオカミ忌=ニホンオオカミが絶滅した日」とか「百円札忌=百円札が廃止された日」なんぞを出題してしまった時は、資料を集めることそのものが大変で、忙しい私に代わり、うちの夏井&カンパニースタッフが資料を揃えてくれたこともある。デスクに置かれた資料の分厚さに、呆然としたものだ。

嗚呼、それなのにそれなのに、今回「バスコ・ダ・ガマ」について学ぶ時間がなかったのよ。まさに世界史Bの授業の僅かな知識と右上の肖像写真のみ。こんな貧しい状況で、〆切目前で、原稿を書くしかない……と意気消沈していたのだが、なんと救い主のような投句&投稿を見つけた。

  実はオレ二番目でした遅桜(ひでやん)

「古代ローマ時代から季節風貿易などが行われていたため、ヴァスコ・ダ・ガマがヨーロッパ人で最初にインドに到達したのではありません。また、ポルトガル人としても、ヴァスコ・ダ・ガマに先立つこと10年前、1488年に地中海から紅海を通るルートではありますがインドまでたどり着いたコヴィリャンというポルトガル人がいます。では、歴史の教科書にも載るような彼を簡単に言い表すとしたら、「アフリカ南端回りの航路を使ってインドまで航海した最初のポルトガル人」というのがより正確だと思われます。バルトロメウ・ディアスは喜望峰まででしたが、ヴァスコ・ダ・ガマは、後年ポルトガルがインドだけでなくアフリカ東岸やマカオ、モルッカ諸島といったアジア・アフリカに植民地を広げていく道を開いたということになるでしょうか。そしてその流れは地球を半周し、スペインのマゼランはフィリピンまで至り、フィリピンはスペインの植民地となり、東の端日本に漂着したポルトガル人は鉄砲を日本に伝えたのでした」。

おおー!
発掘忌日季語辞典、レギュラーメンバーひでやん、なんと素晴らしいレポートを送ってくれていることかと、ワタクシ狂喜乱舞~!

ひでやんレポートを学びつつ、稿を進めていくことにしようでないか。ヤッホー。

  子午線や東回りに台風来(ひでやん)

「1480年代のポルトガルでは、財政難などからインド地域との直接貿易(香辛料など)をしようとする動きがありました。ヨーロッパとアジアの貿易の近道は陸路で中東地域を通るルートですが、その地域は、十字軍以来西欧キリスト教世界とは対立関係にあるイスラム教国家の地域であり、これを避けて直接インド方面へ行けるルートを模索した結果、まず、1488年、ポルトガルのバルトロメウ・ディアスがアフリカ最南端の喜望峰に到達しました。

ポルトガルは東回りを志向しましたが、スペインでは、西回りの航路を見つけようと、コロンブスが西へ向かった結果、1492年、インドと思い込んでいたアメリカに到達しました。これを受けて、ローマ教皇(当時のアレクサンデル6世はスペイン出身)が、「教皇子午線」という線を引き、西側をスペイン、東側をポルトガルの勢力圏と決めてしまいます。これは南米大陸のほとんどがスペインの勢力圏となる線引きでした。1481年に当時の教皇シクストゥス2世が「カナリア諸島以南の新たな領土はポルトガルに与える」という布告を出していたのでそれを修正したもののようです。

その後1494年にもっと西方で線引きした「トルデシリャス条約」が締結され、これで、南米でブラジルだけがポルトガルの植民地となる元になりました。

そんな経緯で、ヴァスコ・ダ・ガマは東回りに進路をとって、というよりとるしかなく、紆余曲折の末アフリカ回りで、1498年5月20日、インド西岸まで到達しました。

なんにしても、大航海時代というのは今考えたら身勝手この上ない話です。アメリカやアフリカ、アジア、太平洋地域を「発見」して「新大陸」などと呼び、あまつさえ勝手に領土としてやり取りしています。民法に「無主物先占」という考え方がありますが、彼らが到達した地域が「無主」であったわけはなく、今では考えられないまったく勝手な論理でしかありません。

そんな中での、スペインとポルトガルの対立や、カトリックの国どうしの紛争が教皇によって解決されたりしているさまは調べていて興味深かったです。

そして、スペインは西へ、ポルトガルは東へという流れは地球を半周し、スペインのマゼランがフィリピンまで至りフィリピンはスペインの植民地となり、東の端黄金の国ではないかと思われた日本に漂着したポルトガル人は日本に鉄砲を伝えたのでした」。

おお~!
あっという間に、日本への鉄砲伝来まで、世界史を復習させてもらえて、ちょっとホッとする。そうか、そうだったよなと、メッチャ納得したのだが……ひでやんの句、「バスコ・ダ・ガマ忌」という季語が入ってなかった(爆笑)。

さて、気を取り直して、次に進もう。
こんなお便りもあった。すりいぴいさんから。

「組長、ご担当者様こんにちは。バスコ・ダ・ガマ忌、なんとか今回も投句できました。いまハーヴを育てている関係でスパイス・ハーヴ辞典が役に立ちました。いや立ったのか……? あと、某社の世界史詳説を。まあ、駆け足読みなんですが……。交易(と植民)はわたしたちには避けて語れない過去、そして現在の論点……ですね……」

忌日季語で一句作ろうと思うと、誰もが否応なく、調べてみる。俳句から始まる知的好奇心、俳句をきっかけとした学び。この企画は、まさに生涯教育の理想的モデルではないか(自画自賛)。駆け足読みであろうが斜め読みであろうが、世界の交易やら植民地やらについて知ろうとすること自体が、ちょっとカッコいい大人たちではないか(参加者礼賛)。

  肉桂忌のチャイ「発見」とは何ぞや(七瀬ゆきこ)

傍題に挑んでくれたマダム七瀬ゆきこ。「肉桂」はニッキとも呼ぶ香辛料。最近は、シナモンと呼ばれている。

バスコ・ダ・ガマが持ち帰った香辛料の数々は、ポルトガルに繁栄をもたらす。が、ひでやんレポートにもあったが「大航海時代というのは今考えたら身勝手この上ない話」であって、「発見」したと言い張っているのはヨーロッパの人間たち。インドはずっとそこにあったし、チャイの文化もそこで育まれたものだ。

「チャイ」とは、インド式に甘く煮出したミルクティー。シナモンなどの香辛料を煮たてて淹れる紅茶だ。なんと美味しい飲み物を「発見」したものだ! という主張のなんたる身勝手。まさに、歴史は勝者によって作られるというヤツだ。

世界史の授業の欠片が蘇ってくる。インドに向かう途上の町々で、水や食料を手に入れるために砲撃を繰り返したり人質をとったりしたという話を、世界史のササイ先生が熱弁を奮っていた。一番前の席に座っていた私が「そりゃ海賊やろ」と呟いたら、先生が「その通り! 実質は海賊だったのです」と頷いたこと。記憶というのは、蘇るものなのだな。

  海賊とも英雄ともバスコ・ダ・ガマ忌(夏草はむ)
  荒波を砕き進むや海賊王忌(亀田かつおぶし)

歴史の裏と表が、「海賊とも英雄とも」という溜息に込められているような夏草はむ氏の一句。そして、亀田かつおぶし氏からは、「海賊王忌」という傍題提案。確かに、海賊中の海賊といってよいぐらいの凄惨な成果をあげたのが、バスコ・ダ・ガマかもしれぬ。

が、この「海賊王」という破天荒な響きは、漫画『ワンピース』の主人公ルフィのためにとっておいてやりたい、とも思う。

  バスコ・ダ・ガマ忌香辛料にある痛み(一斤染乃)

バスコ・ダ・ガマが持ち帰った香辛料は、ポルトガルに繁栄をもたらしただけでなく、料理の世界を劇的に変えた。人々はその豊かな香りや刺激を楽しむ。

が、時折、強烈に舌を刺す香辛料は、バスコ・ダ・ガマの栄光の裏に虐げられた人々の痛みかもしれない。

  膿を吐くバスコ・ダ・ガマ忌の棘の傷(すりいぴい)

膿を吐いている傷に気づく。折しも、バスコ・ダ・ガマの忌日であると知る。棘の傷は化膿している。棘の小さな先が、皮膚の中に残ったままなのかもしれない。膿を吐き続ける傷は、バスコ・ダ・ガマの殺戮と支配という負の歴史の象徴かもしれない。

そして、二十一世紀の世界に勃発している戦争の数々もまた、この句に象徴される。戦うことを止めない人間たちは、互いに刺し合っている棘を抜こうとしない。自分勝手な理屈のみを正義として掲げて。

世界は膿を吐き続けている。棘の傷はジクジクと疼き続ける。

●秀作
屁理屈と煙草のけむりスパイス忌      (藤田ゆきまち)
じゃがいもへ干鱈たつぷりバスコ・タ・ガマ忌(巴里乃嬬)
ヴィディゲイラ伯爵の忌の養命酒       (山田喜則)
さらさらとこぼるる砂金胡椒の忌      (夏草はむ)
西風は神の溜息スパイス忌         (藤 雪陽)
牙のなき獅子飼ふバスコ・ダ・ガマの忌   (藤 雪陽)
バスコ・ダ・ガマ忌カウンターに散る胡椒  (平良嘉列乙)
櫂を取れバスコ・ダ・ガマ忌なる暗夜    (遠藤玲奈)
カタカリの太鼓鳴りバスコ・ダ・ガマ忌   (近江菫花)
スパイス忌バスコ・ダ・ガマのユーロ紙幣  (横溝麻志穂)
地図×風インド航路開拓忌         (くぅ)
スパイス忌オブリガードとつぶやける   (またあ)
時辰儀を空へ掲げむヴァスコの忌     (村瀬っち)
チャイにさす香の棹バスコ・ダ・ガマ忌  (村田かっこう)
燃えかすの夕日バスコ・ダ・ガマ忌たり  (喜祝音)
バスコ・ダ・ガマ忌紙幣に残る肖像画   (生江八重子)
リスボンの街に充つるやスパイス忌    (ひでやん)
替え玉の麺はバリカタバスコ・ダ・ガマ忌 (みづちみわ)
たわむたわむバスコ・ダ・ガマ忌水平は  (海瀬安紀子)
バスコ・ダ・ガマ忌ヴェルデ岬の波毀つ  (内藤羊皐)
バスコ・ダ・ガマ忌ミディアムレアのフィレミニヨン(小だいふく)
バスコ・ダ・ガマ忌シナモンきかせボーロレイ(くま鶉)
バスコ・ダ・ガマ忌宇宙一周二億円    (丹波らる)
胡椒のミル固きバスコ・ダ・ガマ忌かな  (中西柚子)
献上の金と香料バスコ・ダ・ガマ忌    (加田紗智)
シナモンをバスコ・ダ・ガマ忌のトーストへ(夏湖乃)
死後開く命令書ありバスコ・ダ・ガマ忌  (西村小市)
細密に描く植物スパイス忌        (百田登起枝)
プディングは胡椒入りバスコ・ダ・ガマ忌 (糺ノ森柊)
港町シーネスの空は明るきスパイス忌   (七瀬ゆきこ)
膿を吐くバスコ・ダ・ガマ忌の棘の傷   (すりいぴい)
バスコ・ダ・ガマ忌ボトルシップの埃取る (畠山悊央)
バスコ・ダ・ガマ忌の香ばしそうな色の月 (吉行直人)
バスコ・ダ・ガマ忌香辛料にある痛み   (一斤染乃)

●佳作
心臓を抉る航海バスコ・ダ・ガマ忌    (亀田かつおぶし)
大望やインド航路開拓忌         (野中泰風)
輝かぬラメもありバスコ・ダ・ガマ忌   (竹内一二)
バスコ・ダ・ガマ忌深夜に夫と飲む紅茶  ( 星月さやか)
包丁を研いでバスコ・ダ・ガマ忌かな   (青灯下)
バスコ・ダ・ガマ忌ジパングに山椒が   (伊藤正規)
胡椒魅せ炎天港発つバスコ        (あさぼらけ)
栄光も見直しあるやスパイス忌      (羽馬愚朗)
何ひとつ成し遂げられずスパイス忌    (安田蝸牛)
バスコ・ダ・ガマ忌冒険という名の搾取  (どこにでもいる田中)
インド航路開拓忌「嵐」も「希望」も「喜望」も岬(そまり)
ステーキにバスコ・ダ・ガマ忌胡椒あう  (無形八治)
冥土への船頭要らぬバスコダガマ忌    (立部笑子)
黄金より貴重なものぞスパイス忌     (堀隼人)
給食であがる歓声スパイス忌       (まろんママ)
東西を香が結ぶスパイス忌        (でえくのぼお)
バスコダガマのチャームポイントの髭   (山尾政弘)
海路など獅子座に聞けとガマ忌節     (桐山榮壽)
くさめ止まぬ胡椒忌窓の外は白し     (正念亭若知古)
胡椒忌やおかわり5辛カツカレー     (海神瑠珂)
電気代気になり始めるパスコダガマ忌   (ギザギザ仮面)
インド航路開拓忌や靴磨く        (桐野鈴子)
塩コショウ効かすグルメのスパイス忌   (遊泉)
人生を変ふるひと匙スパイス忌      (香田ちり)
夫作るカレーは微妙スパイス忌      (でんでん琴女)
インド航路開拓忌船酔いします      (小木さん)
航海は支配の証スパイス忌        (山川腎茶)
不夜城にバスコ・ダ・ガマ忌新世界    (あさ)
インドではバスコ・ダ・ガマ忌忘れられ  (赤子沢)
舌先に十字架を立てスパイス忌      (一本槍満滋)
学食のカレー完売バスコ・ダ・ガマ忌   (内田こと)
地球儀を捨てた日やバスコ・ダ・ガマ忌  (服部蓮鶴)
血塗られしバスコ・ダ・ガマ忌波高く   (高野すばる)
定食の皿みな同じスパイス忌       (梵庸子)
ふりかけよ胡椒御魂にバスコ・ダ・ガマ忌 (宥光)
しのびよる鉄砲伝来バスコ・ダ・ガマ忌  (山羊座の千賀子)
地球儀の回路をなぞるスパイス忌     (吾亦紅)
スパイス忌人の上の人つくり       (菫久)
晴天のバスコ・ダ・ガマ忌退職日     (陶月)
ずぶ濡れのバスコ・ダ・ガマ忌ペダル踏む (小菊)
桂肉忌血肉の叫び蓮の花         (吉谷地由子)
呪詛めきし偉人の名前スパイス忌     (柚木みゆき)
垂涎しバスコ・ダ・ガマ忌血の臭ひ    (林山千港)
スパイス忌宇宙旅行の人還る       (卯夏野心)

 
  • ■夏井いつき プロフィール
    ■夏井いつき プロフィール



    俳句集団「いつき組」組長。毎日俳句大賞「一般の部」「こどもの部」選者。
    テレビやラジオの出演の他、YouTube「夏井いつき俳句チャンネル」も開設。
    俳句の豊かさ、楽しさを伝えるため「俳句の種」を蒔きつづけている。