夏井いつきの「発掘忌日季語辞典」

「さくらももこ忌」解説と秀作・佳作句発表

No.16

【傍題】
もものかんづめ忌・さるのこしかけ忌
たいのおかしら忌・平成の清少納言忌

【解説】
2018年8月15日、日本の漫画家、さくらももこが亡くなった日。病没。死後に公表されたが、10年以上乳癌の治療を続けていたという。

漫画家以外にも、エッセイスト、作詞家、脚本家としても活動。子どもの頃の自分をモデルにした『ちびまる子ちゃん』は代表作の一つ。

傍題は、ミリオンセラーとなったエッセイ集三部作『もものかんづめ』『さるのこしかけ』『たいのおかしら』より。

 
漫画家さくらももこさんの訃報直後から「さくらももこ忌」の忌日季語提案が届き始めた。亡くなって4年が過ぎた今回も、是非とのお便りが多数あった。

「さくらももこさんとは同世代です。ちびまる子ちゃんの時代背景は自分の思い出と重なります。駄菓子屋、アイドル、学校での出来事など、懐かしくなりました。(小藤たみよ)」

「さくらももこさんが亡くなった今も、まるちゃんはずっと昭和の子供としてTVの中で生き続けている。(糺ノ森柊)」


代表作の一つである漫画『ちびまる子ちゃん』に描かれた時代は、まさに昭和。長き昭和という時代へのノスタルジアでもある。

 さくらももこ忌駄菓子屋前の待ち合わせ(藤色葉菜)
 さくらももこ忌昭和家電の赤い花 (蓮花麻耶)
 捨てられぬりぼんと昭和さくらももこ忌 (ノセミコ)


少女漫画誌『りぼん』(集英社)で『ちびまる子ちゃん』の連載が始まったのが1986年。元号では昭和61年。平成元年(昭和64)まで、あと3年という時期だったのだなあ。

それにしても本連載において、投句と共に、熱烈なファンたちからの様々な情報がここまで届くのも珍しい現象だ。


「さくらももこさんの思い出や組長に教えたいことを長々と書きます(すみません!)。 中学~高校のころは『りぼん』を愛読していました。漫画を読むだけではなく、巻末にある『りぼん漫画スクール』をひそかな楽しみにしていました。全国の漫画家志望者が漫画を投稿するコーナーです。

ある時、ばりばりに絵のうまい少女漫画に混ざって、ん? と目を疑う漫画が投稿されていました。わたしが鮮烈に覚えているのはタイトル『教えてやるんだありがたく思え!』『うちはびんぼう』(どちらもちびまる子ちゃんのコミックスに収録されています)。タイトルからして他と違う……たしか佳作、努力賞。大賞ではなく、注目作品として掲載されていたのが、さくらももこさんでした。編集部のコメントが『なんでも良いから徹底的にスケッチしてごらん』など新人の彼女に期待を寄せ、育てようとするものだったのがとても印象的でした。まさかこの人が国民的人気アニメ『ちびまる子ちゃん』で一世を風靡するなんて想像もしていませんでした。

『「りぼん」新人まんが傑作集【3】虹を渡る7人』に掲載されている当時のさくらももこさんについて、一条ゆかり先生のコメントが未来を予想しているようですごいです。(※以下そのコメント。)


『さくらももこ』さんはというと、あきれたというか、おみそれしましたというか、こういう人を選ん だ『りぼん』はえらいですよ、小学生でも描けそうだと思ってしまう絵に、常識を超えたストーリー。こういうのをうまへた....っていうんだろうなあ。本人もさぞや変な女なんだろうなと思ってしまう。この汚くて下手な絵が妙におかしくて、なにかこのまま下手でいてほしいって思ってしまう。ももこさん、あんたはえらい。このままかってに暴走してください。くれぐれもうまくならないように。(藤色葉菜)」

確かに、一条ゆかり先生の眼力がスゴい! 「本人もさぞや」と書いてあるから御本人に会ったことはないわけで、その上で「さくらももこ」という存在を、あの絵から見事に分析し、予言している。「この汚くて下手な絵」とか「このままかってに暴走してください」とか「くれぐれもうまくならないように」とか、言い放っている一条先生にも、惚れてしまう。

 秀樹派とひろみ派がいてさくらももこ忌(小藤たみよ)
 歯磨きはドリフの後やさくらももこ忌(木原トモ)
 さくらももこ忌ペッパー警部おどります(西村小市)
 さくらももこ忌くねくねUFOを歌ふ(藤 雪陽)


エンディングテーマ『走れ正直者』を歌っていたのが、西城秀樹さん。ヒデキが好き、やっぱりヒロミよ、いやいやゴローでしょ、と御三家のファンたちは競い合い、日本中にドリフターズの笑いが渦巻き、子どもたちは皆ピンクレディの振付に夢中になる。嗚呼、そんな時代でありましたなあ。我らが昭和とは……。

テレビアニメ『ちびまる子ちゃん』が初めてオンエアされたのは、1990年1月7日。元号では平成2年となる。その第一話は、「まるちゃんきょうだいげんかをする」の巻。嗚呼、記憶をくすぐられるこんな句も。

 シイチキンノオトのゆくへたいのおかしら忌(蓮花麻耶)
 さくらももこ忌喧嘩の姉は静かなり(香田ちり)


確か、シーチキンで当たった(か、もらったか?)ノートを、まる子ちゃんとお姉ちゃんが取り合いする話だった。まる子ちゃんは、ジャンケンで負けた腹いせに、そのノートの名前を書くところに「バカ」って書いたのだよ。けど、まる子ちゃんは、お姉ちゃんと喧嘩して、一人で学校行くのが寂しくて、謝ったんやったかな……(我が記憶もあやふやだが)。そしたら、お姉ちゃんがまる子ちゃんに、ノートあげるって言う、一見心温まる展開だったと思う。

が、まる子ちゃんが手にしているのは、バカと書かれたノート。しかも自分の字で……。これぞ因果応報ブーメラン! 第一回から、いかにも『ちびまる子ちゃん』という忘れ難いオチだった。

 日曜のさくらももこ忌プリン食ふ(ぞんぬ)

ちびまる子ちゃん、プリンが好きだったっけ?


疑問に思って、「アニメ『ちびまる子ちゃん』公式サイト」を開く。サイトの中の「ちびまる子ちゃんとは?」をクリックしてみると、キャラクター紹介もあって、「まる子(さくらももこ)」の好きな食べ物として「プリン、ハンバーグ」とある。皆よく覚えてるなあ。

この頁には、「さくら家の人々」だけでなく、「3年4組」のクラスメート&担任の戸川先生、「町の人々」「親せき」など、こまごまと紹介されている。

 さくらももこ忌今日もクラスのちびまる子(里山子)
 道草は宝探しぞさくらももこ忌(立田鯊夢)


特に、3年4組の面々に関しては、性格、クラスでの立ち位置、好きな子、好きな食べ物等が記されている。ついつい、一人ひとりをクリックして「おおー花輪くんは、スシとイタリアンが好物なのか」「丸尾君のおかあさんもおんなじグルグル眼鏡!」「はまじのおじいさん、辰五郎っていうんや~」「大野くんを好きやった子、誰やったっけ?」等と、いちいち読み耽ってしまう。こんな道草ばかりしてるから、原稿がちっとも進まないんだよ。

 4DK平屋のカオスさくらももこの忌(立部笑子)
 ブラックな笑ひの円ささくらももこ忌(でんでん琴女)


「さくら家の間取りを調べると食堂+居間+3部屋の4DKで典型的な昭和の平屋でした。友蔵おじいちゃんと、こたけおばあちゃんの部屋が南側の縁側沿い(友蔵心の俳句の多くはここで生まれた)の日当たりの良さそうな部屋で、家長としての威厳は保たれていたようです。まるこには甘いおじいちゃんがひろしには厳しかった 3世代あるある。父ひろしのちゃらんぽらんな性質が見事にまるこに遺伝し、母すみれのまじめで少々きつい物言いが完ぺきに姉さきこに遺伝していたのは、親子あるあるですね。ちびまる子ちゃんはそういう、家族のちょっとした業や毒みたいなものもちゃんと描かれていて、そこも楽しみでした。(立部笑子)」

「ちびまる子ちゃんの作風はその絵柄も相俟って、ほのぼの系のように見られがちですが、実際には皮肉やブラックユーモアが随所に見られます。小学生の日常を観察しながら時に皮肉や鋭い批判が飛び出します。その意味でも『平成の清少納言』という評価は言い得て妙だと思います。アニメだと家族での視聴とか放送コードもあるからすこしマイルドにせざるを得ないのかもしれません。(ひでやん)」

「さくらさんをざっくり表面上知りたければwikiを読めばいい。しかしそれではくみ取れないことがある。まずは作品に、漫画に、エッセイに、アニメに触れることだ。もちろん『ちびまる子ちゃん』が第一に語られるが、国民的アニメにもうひとつ『サザエさん』がある。『ちびまる子ちゃん』の本質は、『サザエさん』との相違は何か(えらいことになってきた)。サザエさんと異なる点は、1)模範的でないリアルな家族の本音、ヒリヒリする生々しい会話。 2)予定調和とは無縁の級友たち(多様性・キャラ立ち)。3)地方性 4通俗・風俗性なのである。(すりいぴい)」


『サザエさん』との比較は、これまでにも色々と論じられてきたに違いないが、漫画『ちびまる子ちゃん』の構想は、サザエさん一家を意識したものではなかったか。すりいぴい君の挙げている相違点「模範的でないリアルな家族の本音、ヒリヒリする生々しい会話」こそが、現実の生々しい家族の姿ではないのか、と。絵に描いたような(絵なんだけど)国民に愛されるサザエさん一家への大いなる皮肉、アンチテーゼなのかもしれない。

 永遠の小学三年さくらももこ忌(西村小市)

さらに、すりいぴい君情報は続く。


「1965年5月8日生まれの永遠の小学年3生。アニメ版『サザエさん』のワカメと同い年である。余談であるが『サザエさん』の磯野波平と私は現在同い年であった。時間がなくなった。以上の理屈をいったん捨てて作句に臨むことにしよう。(すりいぴい)」

ははは! 急に我に返って、俳句考え出してるよ(笑)。自分と波平さんが同い年だという、すりいぴい君の驚きをも笑いつつ、……待てよ、ちびまる子ちゃんは、1965年5月8日生まれ?! わたしゃ、1957年5月13日。なんと8歳違い? ということは、今は57歳か。

あ、そっか、作者さくらももこさん=まる子(さくらももこ)なのだものね。二人が合体した「さくらももこ」は永遠の小学3年生として、生き続けているのだものね。

そして、自らをちびまる子ちゃんと親友たまちゃんに重ねて、こんな友情を育んでいる人たちもいる。

 百万年の幸せくれたさくらももこ忌(七瀬ゆきこ)


「もう何年も前に日本にワーキングホリデーに来ていた台湾の女の子は、ちびまる子ちゃんの大ファンで日本に来てすぐに、静岡のちびまる子ちゃんランドへ飛んでいく程だった。ちびまる子のボケに癒されるのだと言う。自分の娘よりも若いその女の子と一時一緒に暮らすほど仲良くなり、彼女は私たちをちびまる子とたまちゃんの仲と評してくれた。私が風邪をひくと秘伝の鴨スープ(鶏肉を代用)を作ってくれる。台湾では、年齢を越えて親しくなることを『忘年之交』というのだと教えてもらった時は、涙が止まらなかった。

ちびまる子の世界は、この『忘年之交』の世界なのだと思う。だから世界中のファンを魅了して止まないのだと。今彼女は、日本人男性と結婚し、大好きな日本で子育てしながら、頑張って働いている。私たちは、いつまでも、まる子とたまちゃんである。(七瀬ゆきこ)」

ちびまる子ちゃんの生きる世界を評した「忘年之交」という言葉に惹かれる。この言葉は、俳句という一点で結ばれる私たち俳句仲間の交流にも当てはまる。親愛なるさくらももこ先生への思いを一句にしたい。その思いを共有できるのも「忘年之交」に通じる。
                                              
 あたしゃ笑っちゃうねさくらももこ忌 (ひでやん)
 すつぱいもあまいももものかんづめ忌 (正念亭若知古)


「さくらももこ先生には本当に笑わせてもらいました。特にエッセイ三部作はいまでも大事な宝物で、一緒に棺桶にいれておいてもらいたいですね。忌日に苦手意識がありましたが、親愛なるさくらももこ先生の忌日ですし、ヘタながら詠んでみました。(ヒマラヤで平謝り)」

「さくらももこさんのファンでした。ちびまる子ちゃんも全巻ありましたし、エッセイも殆ど読みました。ちょっと不道徳な話に思わず笑ってしまうのです。そのため今回初めて参加させていただきました。よろしくお願いします。(ふるてい)」

「組長 こんにちは。こちらへの投句は初めてです。兼題が『さくらももこ忌』だと知り、俳句をよみたくなりました。傍題になっている初期のエッセイがとても好きで、賛否両論あったらしい『もものかんづめ』の翁の章など、ひぃひぃ震えながら読みました。今なお、町内会の夏祭りのタオルをいただいたり祭囃子が聞こえたりする度に思い出しています。久々にエッセイを手に取りました。小気味良いリズムの文章を読み進めるうちに、目が留まったのはサルの章。『私の人生ムダだらけだと思っていたが、ムダな事こそネタに使えて大切なものだ』と書かれていて、そうよねそうよね♪と大きく頷きました。それにしても……早すぎる最期でした。別枠で一句(!?)添えさせてください。『いつだって日本一のわしのまご ~勝手に友蔵 心の俳句』(城ヶ崎文椛)」


エッセイのファンですという大人たちからの熱いお便りの数々。「ちょっと不道徳な」「賛否両論のある」話が読者の心に飛び込んでくるのは、「毒」の質量の絶妙なバランス。それが、読者にとってのリアリティに直結するから(自嘲も含めて)ヒリリと笑わないではいられないのだ。

今回、私から提案した傍題に挑んでくれた句の中には、肩の力を抜き過ぎたとしか思えないのも、多々あった。

 平成の清少納言忌なんて言われてあたしゃもう(ひでやん)
 平成の清少納言忌いいかんじ(小木さん)


「平成の清少納言忌」は13音。残り4音で、誰か鮮やかな勝負に出てくれないかと期待したのだが、全くの期待倒れに終わった。やっぱりこれだけ長い季語になると無理なのかなあ……。

エッセイの題名から引いてきた三つの傍題については、こりゃ、ないだろうよ……というこんな3連発もあった。

 もものかんづめや食うもものかんづめ忌(野中泰風)
 さるのこしかけや座すさるのこしかけ忌(野中泰風)
 たいのおかしらや食うたいのおかしら忌(野中泰風)


タイフウ君よ、こりゃあまりにも……と書きかけて、ちょっと待てと手が止まった。ひょっとすると、この脱力感が「ちびまる子」であり、「さくらももこ」であるという主張なのか……と困惑。

 ラーメンは三分たいのおかしら忌(藤田ゆきまち)
 さるのこしかけ忌お箸でカール食ぶ(藤田ゆきまち)
 たいのおかしら忌よく飛んで飛行機(藤田ゆきまち)


こちら3連発を見ると、案外この傍題は楽しんで色々やれるのではないかと、思い直す。「ラーメン」「カール」など、昭和の手触りだったり、さくらももこを匂わせる具体的なモノを取り合わせれば、なんとかやれそうだよね。

新たな傍題の提案も色々でてきた。

「代表作の『ちびまる子ちゃん』は国民的漫画、『まる子忌』『まる子の忌』もよいのではないでしょうか。(西村小市)」

「私の中では、『ちびまる子ちゃん』=さくらももこさん という状態になっているので、『まるちゃん忌』『まる子の忌』などの傍題もあるといいなあと思いました。(村瀬っち)」

「ちびまるこちゃんは永遠では在りますが、作者と重なるちびまるこは、私にとってはやはり、さくらももこさん自身といっても過言ではありません。その思いから、勝手ながら、さくらももこ忌の傍題として、『ちびまるこ忌』を提案すると共に俳句を作り投句しました。(斗三木童)」

「さくらももこイコールちびまる子ちゃんなので、『ちびまる子忌』を提案します。さくらももこさんの息子さんは、小さい時絵が上手で、『おばけの手』という絵本を『さくらめろん』というペンネームで出されています。また、ももこさんは宝石にも詳しくて、宝石が好きになったきっかけは、地球の青色をしたパライバトルマリンだったそうです。(山羊座の千賀子)」


 ちびまる子忌子の名はさくらめろんなり(山羊座の千賀子)
 まる子忌や一緒に生きて80歳(亀田かつおぶし)
 まるちゃん忌身内の話しない人(平良嘉列乙)


「ちびまる子忌」「まる子忌」「まるちゃん忌」に関しては、『ちびまる子ちゃん』のアニメはまだまだ続いているので、「忌」の字を入れて季語とすることの是非を迷ったのだが、

「傍題として『まる子の忌』『コジコジ忌』を提案します。作家の忌日の名前を代表作からもってくることはそれほど不自然ではないと思いますので。(みづちみわ)」

等のご意見を多数頂いた。今後の検討事項としたい。

 いいんだよあんたはあんたももこの忌(大山和水)
 こきこきと缶詰開けるももこの忌(村瀬っち)
 ももこ忌やご飯炊きたて生卵(どいつ薔芭)
 先丸き鉛筆一本ももこの忌(霧島ちかこ)


「ももこ忌」「ももこの忌」のご提案もあったが、誠に個人的な話で申し訳ないが、私の師匠黒田杏子も「ももこ」なもんだから、縁起でもない! と却下させて頂いた。悪しからずご了承下さい。

さらに、

「桃缶忌=『もものかんづめ』を縮めてみました。(立田鯊夢)」は、一つのアイデアだと思う。傍題提案を頂く場合は、是非、自作も添えて欲しい。実際に作ってみると、難点などが見えてくることもある。常に実証しつつ忌日季語を発掘していくことを、この活動の信条としたい。

 笑ふ子は育つよパッパパラパ忌よ(梵庸子)
 まるちゃんの足の動きやピーヒャラ忌(城ヶ崎文椛)


「アニメ版ちびまる子ちゃんの歌『おどるポンポコリン』の歌詞には『ピーヒャラピーヒャラ パッパパラパ』というリフレインがあります。私は小学校から中学にかけて、紙の漫画の『ちびまる子ちゃん』を繰り返し読み、文字通り愛読して育ちましたが、多くの人がちびまる子ちゃんで思い出すのはこの歌、このフレーズなのではないでしょうか。 私を育ててくれたちびまる子ちゃん、そしてさくらももこさんに、感謝の気持ちで詠みました。(梵庸子)」

「ピーヒャラ忌、ちびまる子ちゃん独特のなんも言えない言葉。作者自身のひょうきんな内面を表している。(一本槍満滋)」

「少々とぼけた雰囲気を醸し出したい時用の傍題(城ヶ崎文椛)」


なるほど、これは面白い。「パッパパラパ忌」も「ピーヒャラ忌」も、メロディとリズムが一緒に溢れてくる。永遠の主題歌が一句の中に流れ続けるわけだから、韻文である俳句の本質に適った新しい傍題提案だともいえる。

 煙草好きさくらももこ忌酒も好き(松高網代)


「可愛らしい(ヘタウマとも言う)画風にも関わらず、本人は実は超ヘビースモーカーだったそうです。そのうえ、よく酒豪と言われる和田アキ子を上回る酒豪と言われるくらいですから、組長、上には上がいるものです。(ひでやん)」

漫画家さくらももこは、「タバコをガンガンに吸っているからこそ、吸っていない人の20倍は、健康に気をつける」と本人が綴っていた(語っていた?)との情報も複数の読者から届いているが、その20倍の努力も報われることなく、ひそかな闘病生活が始まっていた。

 さるのこしかけ忌マンモグラフィー痛し痛し(夏草はむ)
 さくらももこ忌左胸なくし後半へ続く(暖井むゆき)
 傷跡の熱しさくらももこ忌の乳房(ノセミコ)

53歳といえば、漫画家として脂ものって、正に働き盛り。「義務としてやらされるのは嫌だけど、自分が面白いと思ったことはやりたい種族」だったらしきこの漫画家にとって、砂時計のように減っていく命の時間の、なんと酷なことであったか。


 マンホール迎へるさくらももこの忌(はやし央)
 まるこのマンホールさくらももこの忌の夕陽(城ヶ崎文椛)
 さくらももこ忌ほらここにまるちゃんがいるよマンホール(生江八重子)


「さくらももこ氏は静岡市清水区(旧清水市)の出身です。晩年静岡市への郷土愛から多くの貢献をされました。そのひとつに『ちびまる子ちゃん』イラストのマンホールの蓋の寄贈があります。富士山、白い雲、茶畑、清水港の波を背景に『ちびまる子ちゃん』が笑っています。2018年8月7日に寄贈された数日後に、ももこ氏は亡くなられました。最後の作品だそうです。そのマンホールの蓋は誰でも目にすることのできる繁華街の通りにあります。(生江八重子)」

故郷を思う心は、そもそも、まる子ちゃん一家が住んでいる場所を、静岡県清水市(現・静岡県静岡市清水区)に設定していることからもうかがえる。富士を詠み込んだ投句もあった。

 さくらももこ忌いつもそこにいて富士(イサク)
 さにつらふ夕富士さくらももこの忌(露草うづら)
 さくらももこ忌銭湯どこも富士堂々(苔 琥宇良)

漫画家さくらももこの代表作のもう一つに『コジコジ』がある。子どもの頃の私は、コジコジという不思議な生き物の存在を知らなかったが、大人になってから、まる子ちゃん繋がりで知った。


 コジコジはコジコジもものかんづめ忌(イサク)
 コジコジはいつも隣にさくらももこ忌 (夏草はむ)


「コジコジは、さくらももこさんの未完の代表作で、宇宙生命体コジコジと仲間たちの物語です。マイペースでちょっと毒舌なコジコジですが、その自然体ゆえの名言から、大人にも人気の作品となっています。(くま鶉)」

「私の敬愛するさくらももこ『コジコジ』から句を作りました。主人公コジコジがインコ組の担任の先生に、『コジコジは将来なにになりたいの?』と聞かれたときの、コジコジの返答『コジコジだよ コジコジは生まれた時からずーっと 将来もコジコジはコジコジだよ』は心に残り続ける名言です。(山本先生)」


 コジコジ忌空気読むってつまんない(くま鶉)
 コジコジ忌神様は心をうろうろ(山本先生)

傍題「コジコジ忌」の提案に、心を衝かれた。言われてみれば、漫画家さくらももことは、ちびまる子ちゃんという人体に、コジコジの心が入った、そんな人間だったに違いない。


さくらももこは、生まれた時からさくらももこ=ちびまる子であり、「マイペースでちょっと毒舌なコジコジ」でもあり、彼女のコジコジ精神は「空気なんて読まなくていいよ、自分のままでいいんだよ」というメッセージでもある。その思いを美化して伝えるのではなく、ちょっと意地悪な毒をまぶす。その毒の中にこそ真実があると、さくらももこは知っていたのだ。

「さくらももこ忌」を忌日季語として育てようとする私たちの心に「コジコジ」がいるような気がする。ほんのりと、コジコジの言葉が灯っているような気がする。


●秀作
 さるのこしかけ忌マンモグラフィー痛し痛し  (夏草はむ)
 さくらももこ忌リモコン多過ぎぢやないか   (梵庸子)
 逆上がりできたよたいのおかしら忌      (ヒマラヤで平謝り)
 親知らずの逆襲やたいのおかしら忌      (そまり)
 さくらももこ忌キヨスクはおもちゃ箱めく   (一斤染乃)
 花輪しをれる夕べさくらももこ忌       (主藤充子)
 紫煙立つさくらももこ忌の図書室       (内藤羊皐)
 さくらももこ忌ゆるんだままの蓋ばかり    (香田ちり)
 はとふんのばくだんさくらももこの忌     (みづちみわ)
 ぴぃひゃらと踊れやさるのこしかけ忌     (村瀬っち)
 加藤茶の学習枕もものかんづめ忌       (木原トモ)
 もものかんづめ忌サルの頁の開き癖      (城ヶ崎文椛)
 マドラーのくるくるさるのこしかけ忌     (藤田ゆきまち)
 さくらももこ忌音跳ねるソノシート      (竹内一二)
 さくらももこ忌後ろの席よりメモの来て   (丹波らる)
 クリーナー絡まるもものかんづめ忌     (喜祝音)
 さくらももこ忌左胸なくし後半へ続く    (暖井むゆき)
 さくらももこ忌ドッジボールの紅白帽    (星月さやか)
 さにつらふ夕富士さくらももこの忌     (露草うづら)
 もものかんづめ忌水平線はさくらいろ    (やまさきゆみ)
 百円は大金だったさくらももこ忌      (小藤たみよ)
 傷跡の熱しさくらももこ忌の乳房      (ノセミコ)
 真新しいささくれもものかんづめ忌     (上峰子@初参加)
 桃缶の底に年月さくらももこ忌       (小池令香)
 呼び捨て禁止にさくらももこ忌のLINE     (すりいぴい)
 さくらももこ忌ペッパー警部おどります   (西村小市)
 ちり紙に包むおはぢきさくらももこ忌    (加田紗智)
 シイチキンノオトのゆくへたいのおかしら忌 (蓮花麻耶)
 さくらももこ忌パラパラ動く棒人間     (藤色葉菜)
 さくらももこ忌引き出しの自由帳      (平良嘉列乙)
 シャー芯を飛ばすなもものかんづめ忌    (藤 雪陽)
 リコーダー鼻で吹けるぞさくらももこ忌   (立田鯊夢)
 さくらももこ忌なんのけんかか忘れけり   (木ぼこやしき)
 シケモクを消してシケモクさくらももこ忌  (世良日守)
 たまご麺ぐつぐつたいのおかしら忌     (げばげば)
 さくらももこ忌の海はうすくれなゐに暮れ  (中岡秀次)
 さくらももこ忌めくるトランプはピエロ   (登りびと)
 上靴の破れて強気さくらももこ忌      (風早みつほ)
 茶柱を囲む夜さくらももこの忌       (音羽凜)
 さくらももこ忌二度と開かないパスロック  (牧野冴)  
 絵日記はさくらももこ忌より未完      (ふるてい)
 ぐうたらへ勤しむさるのこしかけ忌     (絵夢衷子)
 さくらももこ忌銭湯どこも富士堂々     (苔 琥宇良)
 すかすかのアンパンさるのこしかけ忌    (髙田祥聖)
 コジコジ忌空気読むってつまんない     (くま鶉)
 コジコジ忌神様は心をうろうろ       (山本先生)


●佳作
 すつぱいもあまいももものかんづめ忌    (正念亭若知古)
 季語二つ入つてさくらももこ忌よ      (亀田かつおぶし)
 さくらももこ忌に御供えのタバコかな    (野中泰風)
 さくらももこ忌いつもそこにいて富士    (イサク)
 ぴいひゃらと歌い送るよさくらももこ忌   (もりのやす)
 平和とは思いやりとはさくらももこ忌    (万里の森)
 今を楽しく生きる知恵さくらももこ忌    (くぅ)
 たこ焼きの紅生姜好きさくらももこ忌    (どいつ薔芭)
 4DK平屋のカオスさくらももこの忌     (立部笑子)
 さくらももこ忌パステルは科学者じゃない  (葉村直)
 煙草好きさくらももこ忌酒も好き      (松高網代)
 おかっぱとさくらももこ忌お下げ髪     (どこにでもいる田中)
 愛の度数八百さくらももこ忌        (木佐優士)
 毎日はサクマドロップさくらももこ忌    (一本槍満滋)
 さくらももこ忌あたしゃなんだかかなしいよ (山川腎茶)
 麻酔まだ醒めずにたいのおかしら忌     (菫久)
 昔ながらの八百屋さくらももこ忌      (明惟久里)
 「八百安」に玉虫もものかんづめ忌     (巴里乃嬬)
 桃缶をさくらももこ忌来て開ける      (澄海舞流生)
 マンホール迎へるさくらももこの忌     (はやし央)
 ブラックな笑ひの円ささくらももこ忌    (でんでん琴女)
 真に受けるぐうたらの極意さるのこしかけ忌 (生江八重子)
 肉声を知っているかにさくらももこ忌    (玉響雷子)
 さくらももこ忌や短調のピーヒャラ     (陽光樹)
 天国に秀樹追っかけさくらももこ忌     (近江菫花)
 さくらももこ忌パライバトルマリンの地球  (山羊座の千賀子)
 こだまする「ポンポコリン」やさくらももこ忌(糺ノ森柊)
 さくらももこ忌くだ巻く父ヒロシ      (ひでやん)
 清水の海に献杯たいのおかしら忌      (沙那夏 )   
 まる子忌やKIRINのグラスへ水道水     (片岡六子)
 さくらももこ忌地球の青の電気石      (もりたきみ)
 漣は光の記憶さくらももこ忌        (砂楽梨)
 さくらももこ忌無垢な宇宙今も抱き     (明日雨 )   
 さくらももこ忌お囃子ピーヒャラポンポコリン(小だいふく)    
 さくらももこ忌ポンポコリンの長久命    (ぞんぬ)
 まるちゃんの鼻歌さくらももこ忌よ     (中西柚子)
 さくらももこ忌大瀧詠一を聴けば      (里山子)
 三つ編みの三つ目さくらももこの忌     (雨ノ香)
 さくらももこ忌天然色のやさしさよ     (ぽっぽ)    
 四度目のさくらももこ忌髪を切る      (桃園ユキチ)
 富士山のてつぺんに吼ゆさくらももこ忌   (斗三木童)
 さくらももこ忌我のあだ名はでかまる子   (簗瀬玲子)
 同級生たいのおかしら忌を集ふ       (杏乃みずな)
 予定日過ぎてさくらももこの忌となりぬ   (柚木みゆき)
 境内の秋めくさるのこしかけ忌       (千波佳山)
 前髪をギザギザにしてさくらももこ忌    (加良太知)
 翻訳の要らぬ音楽もものかんづめ忌     (七瀬ゆきこ)
 ピーリャラと過ぎる日曜ももこの忌     (谷山みつこ)


 
  • ■夏井いつき プロフィール
    ■夏井いつき プロフィール



    俳句集団「いつき組」組長。毎日俳句大賞「一般の部」「こどもの部」選者。
    テレビやラジオの出演の他、YouTube「夏井いつき俳句チャンネル」も開設。
    俳句の豊かさ、楽しさを伝えるため「俳句の種」を蒔きつづけている。