編集部へのご恵贈ありがとうございます
2021年以後の刊行書から順不同でご紹介します
令和4年11月
角川文化振興財団
定価:2700円+税
ドゥマゴ文学賞を受賞した評論集『余白の祭』(2013年)でも知られ、近年では岩波文庫『久保田万太郎俳句集』(2021年)の編者にもなった著者の第5句集。ゆたかな読書体験に培われた詩的想像力によって詠まれる幻想的な句が並びます。
蕾んではひらく空あり夏つばめ
青空のいつも直面(ひためん)年用意
空の様相を捉えた2句。1句目は燕を見上げたときに眼に入る青空の奥深さが、「蕾んではひらく」という動的な比喩によって、立体的に表現されています。2句目の「直面」(ひためん)は能楽の用語。お能は普通、能面をつけた役者が演じますが、まれに役者が素顔のまま登場することがあり、これを「直面」といいます。人々の上にいつもある青空。手が届くことはありませんが、地上と空との間にはさえぎるものがないのだと気づき、空というものの不思議さに思いを馳せます。
星おぼろ草葉のかげのよろこびも
潤んで見える春夜の星の光が、朧が掛かっているために、いっそう淡く見えます。それでもなお美しさが感じられる春の星。「草葉のかげのよろこび」、つまり死者が現世の生者を垣間見して人知れず胸に抱いているであろうさまざまな尊い喜びも、同様に、見えがたいながらも美しさを湛えている、という句です。
星霜の密(しじ)なるしだれざくらかな
「星」という字を用いた句にはこのようなものもあります。「星霜」は過ぎ去った年月のこと、「密」(しじ)は量が多いことです。いま生きる自分が過ごしてきた人生の時間、そして古人たちが経てきた、それよりももっと長い時間が凝縮し、そして枝垂れ桜となって、まさに「しだれて」きたという、圧巻のイメージの句です。
句集中にはほかにも、〈わが恋は天涯を来る瀑布かな〉〈古人みな小がらに坐(ま)しぬ山すゝき〉〈経緯(ゆくたて)もなきふみつゞり春の雪〉など、重厚なイメージを喚起する珠玉の言葉を連ねて読者の想像力を刺激する句が並びます。(編集部)