連載 夏井いつきの「発掘忌日季語辞典」

「象のはな子忌」解説と秀作発表

No.13

【傍題】
 カチャー忌


【解説】
 2016年5月26日。武蔵野市井の頭自然文化園で飼育されていたメスのアジアゾウはな子が亡くなった日。第二次大戦後に、戦争で傷ついた日本の子どもたちへとタイから贈られてきた。日本で飼育された中で最も長生きをしたゾウである。傍題「カチャー忌」は、タイでの幼名にちなんだもの。

 運命のベートーヴェン忌でジャジャジャジャーン! と連載が終わる予定だったのに、Web版で続けることになるとは、嗚呼吃驚! の14回である。

 小菅信一さんからはこんなメールも。「当コーナーは連句の付句のような面白さがあり楽しみにしておりましたが、休刊の報。残念に思い春号を開けば、復活とのこと。さすがのイエス様もびっくり仰天されていることでしょう。夏井パワー恐るべしです。復活したからにはデジタル音痴の私ですが、心臓に杭を打ち込まれるまで投句したいと思っております」。

 デジタル音痴にして心臓に杭?! とまで言って頂けるとは恐縮至極。こちらも益々、イエス様と俳句の神様に恥じない誌面にするぞと、決意も新たに♪
 
 さて、仕切り直しの記念となる「象のはな子忌」。毎回のことながら、投句者の皆さんは、まるで夏休みの自由研究のごとく丁寧に調べ、さまざまな情報を寄せて下さっている。

幼年を像にとどめてカチャーの忌 (関根桃里)

 「吉祥寺駅前に募金ではな子像が建ちました。やや小振りの像に、家族と離れ異国で暮らしたはな子の哀れを思います」と、関根桃里さん。有志の募金で駅前に銅像が建つ。象のはな子に対する地元の皆さんの思いは、今も風化していないようだ。

 タイの言葉で「カチャー」とはどういう意味だろうと、ふっと思う。ネットのタイ語辞典で調べてみると、「象  คชา(カチャー)」とあったのだが、象に「象」という名前を付けたってこと? ちょっと笑えるけど、笑っている場合ではない。日本にやってきた子象の「カチャー」日本名「はな子」には、大きな試練が降りかかるのだ。

 「今回の兼題でいろいろ調べていたら、悲しさが込み上げてしまいましたが、これは作らないと! と。戦時中、動物園の動物などは餓死させられ殺されたとか、飼育員に事故を起こしてしまったとか。タイからたった一頭で日本に来たはな子。どんなにか寂しかった事でしょう」と、武井禎子さん。追悼の句を捧げないではいられないと心を痛めてしまう象のはな子の生涯。この夜空のどの星が、はな子の星であろうか。

  カチャー忌の夜空に星は何色か (武井禎子)

 武井さんのお便りでもちらりと触れているが、第二次世界大戦中の上野動物園にも同名の象がいた。タイでの名は「ワンリー」だが、日本に来て「花子」と名付けられた象だ。

 戦時下において、動物園の猛獣が逃げて被害を及ぼすことを防ぐため、殺処分命令が下されたことを記憶している方もおられるだろう。ライオン、熊、虎、豹、毒蛇などが、薬殺絞殺された時代状況を調べれば調べるほど、心が冷え切ってくる。賢い象たちは毒餌を吐き出してしまうため、最終的には餓死させることになったという。可愛がって育ててきた飼育員さんたちの心中は如何ばかりか。胸が痛む。

  りんごの皮切れずに剥ける象のはな子忌 (寺内紀代)
  バナナ半分象のはな子忌我も老ゆ (天野眞弓)

 よくよく考えてみると、戦時下で猛獣が逃げ出し人々に害を及ぼすという危険性は確かにあるが、当時の食糧事情からすれば、生き物たちに与える餌も不足していたはず。一億玉砕というスローガンの向こうには、一億餓死という言葉もあったはず。戦争という道を選ぶことが、いかに愚かであるか。世界のあやまちは、いつまでどこまで繰り返されるのだろう。

 皮を切らずに最後まで剥けた林檎をちょっと嬉しく眺め、バナナを半分も食べれば満足するほど平和に老いている自分を顧みつつ、私たちは「象のはな子」の一生に思いを馳せる。

 終戦後、戦争に傷ついた日本の子どもたちへと贈られた二歳半の子象「カチャー」は、タイと日本の交流の架け橋となった。

  日本とタイ国つなぐカチャーの忌 (奥山 功)
  カチャー忌や日本に戦ぐタイの風 (福嶋隆男)

 日本名「はな子」と名付けられた子象は、東京近辺を回る移動動物園の人気者となり、井の頭自然文化園に迎えられる。が、この小さな動物園にて不幸な事故が起こったのだ。

 レギュラーメンバーひでやんから、詳しい情報も届いている。「象のはな子は二度、死亡事故を起こしています。また、殺人象などと呼ばれて、痩せ細ってしまったといいます。しかし、最初の1956年に起きたほうは、夜間に侵入した一般人が死亡したものですが、被害者は日頃から勝手に象舎に侵入して問題になっていた人物らしく、園側の管理責任等は問われなかったようです。監視カメラなどなかった時代ですから、全部状況証拠であり、本当は何があったのかは闇の中ですが、象は凶暴な動物ではなく、元来優しく賢いので、なにか人間側に問題があったのだろうという意見もあります。死亡事故などによって心無い誹謗中傷やいわれのない暴力(投石)を受けて、はな子も文字通り世界に背を向けてしまったのです」。

  象のはな子忌壁を見つめて涙 (ひでやん)
  象のはな子忌眼の先に白き壁 (中西柚子)

 似たような二句だが、中西さんからは、こんな新情報も。「はな子はいつも壁の方を向いていたといいます(実際にはな子を見たことがないのですが……)。その姿は一人ぼっちで寂しい様子に見えたようですが、実は、ゾウ舎の床が水はけのため水平ではなく、大きな体のバランスを保つために壁の方を向かざるをえなかったとの見解もあるようです」。

 壁の方を向いていた理由は、今更解明のしようもないが、賢い象は人々の誹謗中傷を言葉の礫と解していたのかもしれないし、投石という直接の暴力に心身を弱らせていったに違いない。痩せ細っていく象という存在こそが、哀しみの塊ではないか。

  檻昏し象のはな子忌をスコール (山口佳太)

 忌日の季語との取り合わせとして雨はありがちな素材ではあるが、上五「檻昏し」で場面が映像化され、さらに下五「~をスコール」によって、その檻をさらに暗くする激しい雨が重ねられる。象のはな子の生きる哀しみを象徴するような一句だ。

 はな子は、日本で飼育された中で、最も長生きをした象だ。実際に、はな子に会ったことがあるという藤色葉菜さんからのお便り。「象のはな子、知っています! 井の頭動物園へは、しばしば子を連れて遊びに行きました。リスやハムスターなど小さい動物がメインで、象がいるというのが意外なくらい小さな動物園です。オリジナルの手ぬぐいも販売されていて、この動物園のシンボルキャラクターの様な存在でした。母がほぼはな子と同級生でして、一緒に動物園に行ったときに、「お互い長生きしようね」と話しかけていたのを覚えています(母は超元気です)。象のはな子が人を殺してしまった事故が2回もあったのは全く知りませんでした。本当に穏やかな象に見えたのでびっくり。象は小さな昆虫も踏み潰さないと言われています。自分に危害を加えるものにしか取り乱さない賢い動物です。はな子は人間の悪い心をも見透かす、とても繊細な象だったのかもしれません」。

 四年後に起こった二度目の事故の犠牲者は飼育員。これによって、はな子の処分を迫る声もあがったらしい。が、事故の二ヶ月後に新しい飼育員となった山川清蔵さんは、はな子の鎖を外し、運動場に出してやり、以後、彼の退職の日まで三十年にわたって、はな子の世話をしたという。

 再び、藤色葉菜さんのコメント。「山川さんの功績が素晴らしいと思います。毎日体を洗ってやったり、他の動物をお世話した後も立ち寄って様子を見に行って話しかけたりしたそうです。山川さんの手を舐めるまで六年かかったとか」。

  象のはな子忌マイペンライとほほえみて (藤色葉菜)

 「マイペンライ」とは、タイでよく使われる言葉で、「なんでもない、大丈夫」という意味なのだそうな。

 山川さんは人間の代表として、象のはな子の信頼を取り戻してくれた。手を舐めるという親愛の情を得るまでの六年間の格闘は、書籍や映画にもなっている。

 二〇〇六年に出版された『父が愛したゾウのはな子』(現代書林)の著者は、山川清蔵さんの息子山川宏治さん。お父さんが他界した後、はな子の世話を担当することになり、「不思議な縁」感じたという。

 はな子が亡くなった二〇一六年の産経新聞によると、宏治さんは、はな子の世話を十年務めた後も、飼育員が出張などで抜けた時のピンチヒッターとして、はな子の飼育に関わり続けたという。

 「5月26日、はな子の臨終に立ち会った。穏やかな最期だった。『長い間、お疲れさまだったね』。心の中でそう言葉をかけたという。」と結ばれた記事に添えて、息子宏治さんから、亡くなった父清蔵さんへのメッセージも載っている。

《メッセージ》 おやじ、はな子がそっちへ旅立ったぞ。息子は動物園で精いっぱいやっているから安心して天国で楽しんでくれよ。

  象番の肉刺(まめ)癒ゆ象のはな子忌よ (西川由野)

 親子二代にわたる、象のはな子の物語。「象番の肉刺癒ゆ」という詩語が、私たちの胸に凝っていた哀しみの肉刺を癒してくれるかのような一句だ。


●秀作
檻昏し象のはな子忌をスコール    (山口佳太)
象のはな子忌葬列のごとく蟻     (山口佳太)
象番の肉刺(まめ)癒ゆ象のはな子忌よ (西川由野)
献花所に百合腐し象のはな子忌は     (西川由野)
象のはな子忌マイペンライとほほえみて(藤色葉菜)
カチャー忌やまびさし折れし飼育帽  (藤色葉菜)
象のはな子忌よ水筒斜めがけの子らよ (武井禎子)
カチャー忌の夜空に星は何色か    (武井禎子)
カチャー忌の古本市の絵本かな    (藤田ゆきまち)
カチャー忌の母のおひざの読み聞かせ (藤田ゆきまち)
カチャー忌のトムヤムクンは少し酸い (七瀬ゆきこ)
三日月の歌ふしかなく象のはな子の忌 (七瀬ゆきこ)

一歩づつ象のはな子忌皺いくつ    (丸山ま美)
カチャー忌や深き皺なす象の足    (奈良部美幸)
カチュー忌やはな子に似たる雲大き   (正谷民夫)
カチャー忌や象のかたちの光る雲      (村上朶美子)
象のはな子忌緑雨つくづく美しく    (百田登起枝)
カチャー忌やタイは青空ここは雨    (生江八重子)
カチャー忌や長寿の寿てふ皺と傷    (一斤染乃)
カチャー忌の象舍に遺る蹠跡     (内藤羊皐)
カチャー忌や吾も傷つきし子象なり  (よしざね弓)
ネックレス痕赤うしてはな子の忌   (小野更紗)

●佳作
象のはな子忌壁を見つめて涙     (ひでやん)
象のはな子忌眼の先に白き壁     (中西柚子)
やさしき目象のはな子忌風薫る    (有田ひろ子)
泣くやうな雨降り象のはな子の忌   (曽根新五郎)
カチャー忌や雨降る「ゾウのはな子」像(横溝麻志穂)
日本とタイ国つなぐカチャーの忌   (奥山 功)
カチャー忌や親善大使てふ孤独    (小島きく子)
月に濡れ雪にも触れし象のはな子忌  (遠藤昭三)
カチャー忌月にも陽にも愛されて   (舘健一郎)
カチャー忌や世界平和のまだ遠く   (赤木章嗣)
こもごもの象のはな子の忌なりけり  (森哲州)
カチャー忌や普賢菩薩と右に侍す   (赤木和代)
バナナ半分象のはな子忌我も老ゆ   (天野眞弓)
アジア象のはな子忌永久にありがとう (木村啓子)
カチャー忌や日本に戦ぐタイの風    (福嶋隆男)
鎖はずし寄り添う人よ象のはな子忌  (松﨑康子)
カチャー忌や母九十年を生きとおす  (小菅信一)
五月晴の象のはな子の天国へ     (小嶋芦舟)
象を見るための行列はな子の忌      (井浪京子)
カチャー忌やふる里へ戻れぬままに  (奥山育代)
幼年を像にとどめてカチャーの忌   (関根桃里)
アルバムの子等の笑顔や像のはな子忌 (奈良部守保)
「はな子」てふ通称の象はな子の忌  (近江菫花)
飯粒で貼つた手紙やカチャの忌    (椋本望生)
象のはな子忌もう少しだけ生きてやる (小木さん)
象のはな子忌ひとりが好きと言い聞かす(世良日守)
憎は人愛も人から象のはな子忌    (斗三木童)
象のはな子忌や扉の奥は精神科    (大槻税悦)
カチャー忌や雲を追ひかけオール漕ぐ (はやし央)
りんごの皮切れずに剥ける象のはな子忌(寺内紀代)

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◆参考資料

●タイ語辞典
 https://www.asiatravelnote.com/2021/04/11/sanskrit_loanwords_in_thai_and_indonesian.php

●書籍
 山川宏治著『父が愛したゾウのはな子』(現代書林)
 発行年月:2006年09月

●新聞記事
https://www.sankei.com/article/20160629-LI3XE7IVFRPXNLNZN35YK74MTM/3/

産経新聞
 生活の中心に「はな子」がいた父… 「継ぎたいと思ったことなかったが、気付いたら同じ道だった」 多摩動物公園飼育員・山川宏治さん
2016/6/29 13:40
  • ■夏井いつき プロフィール
    ■夏井いつき プロフィール



    俳句集団「いつき組」組長。毎日俳句大賞「一般の部」「こどもの部」選者。
    テレビやラジオの出演の他、YouTube「夏井いつき俳句チャンネル」も開設。
    俳句の豊かさ、楽しさを伝えるため「俳句の種」を蒔きつづけている。