俳誌「南風」

月刊誌。昭和8年1月、山口草堂が大阪で創刊。師系・秋桜子。いま生きて在る喜び、その実感を大事に「生きる証の俳句を」。

〈主宰〉村上鞆彦

■9月号の誌面から

爽昧の海を見てきしシャワーかな(村上鞆彦)

吹くからに松風高し月見草(寺井治)

人とほく青芝をゆく帆のごとく(桑原規之)

大丸の暖簾ひらめく鉾祭(津川絵理子)

麦秋や爆音止まぬ国のこと(太田美沙子)

 

大熊光汰「荷風のいる空間、あるいは自分ということ」は永井荷風の俳句を味読し、「荷風は普遍の「自分」ではなく自分のいる空間を書いてきたのである。あるいはそのように自分を演出してきたともいえる」と結論する。

陰山恵「愛誦の一句」は〈流星の使ひきれざる空の丈 鷹羽狩行〉を取り上げる。鷹羽は陰山の最初の師。亡母は鷹羽の「狩」に創刊号から投句していたという。「流れ星が短くてはかない人間の一生の喩えのようでもあります。しかしこの句に暗さはなく肯定的に思われるのは、なにより流星の姿と夜空の広大さをいいとめているせいかと思います」。