『証言・昭和の俳句 増補新装版』を読む⑥

【6】『証言・昭和の俳句』を読み終えて(最終回)

これまで5回にわたって『証言・昭和の俳句 増補新装版』を読み進めながら「昭和の俳句」とはどのようなものであったか考えてきました。新興俳句の勃興、戦中の俳人たちが体験した抑圧、紙不足のなか男性俳人たちの復員によって始動した戦後の俳句、社会性俳句や高柳重信らの前衛的表現、そしてサラリーマンの俳句……時代と密着した熱気にむせぶようなインタビューの内容は、証言者が全員物故した今読み直しても心を動かされます。
 
時代の当事者に自身の記憶を語ってもらうインタビューのことを、特に〈オーラルヒストリー〉(口述歴史)といいます。歴史を振り返る際には、まず何よりも文字として記録された資料を分析することが重要ですが、文字資料だけでは解明できない事実、わざわざ記録はされなかった瑣末な事実などは、オーラルヒストリーを頼らなければ補完できません。その意味で、『証言・昭和の俳句』には大きな意味があります。沢木欣一は戦前に日本浪曼派を愛読していた……。古澤太穂は大野林火が「濱」を創刊するときに紙を融通した……。成田千空は師・中村草田男に10回くらいしか会ったことがない……。ひとつひとつはささやかな事実ですが、こうした逸話が俳句史を肉づけしていきます。同時代の俳人に対する印象も多々語られており、それらは作家論の材料になります。
 
オーラルヒストリーを読む上で注意しなければならないのは、「誰々が、AはBだと言った」と「AはBだ」の違いです。オーラルヒストリーは個人の談話である以上、記憶違いや誤り、あるいは意図してぼかす箇所、語らない箇所があります。例えば昭和36年に現代俳句協会が分裂し、俳人協会が結成されるという出来事について、本書では複数の俳人が言及していますが、その細部やニュアンスは異なります。あくまで、この人はこう言っている、ということなのです。
 
このインタビューが実施されてから20年余が経過しました。めくるめく証言の多くは古びませんが、老齢の俳人たちが俳壇に向けて発した意見は、古めかしさを感じる部分もあります。
 
黛まどかさんの俳句、「月刊ヘップバーン」とか、それもよろしいですよ。ストレスの解消になっていいと思いますけど、そういうのとこっちの俳句と一緒にされると困る。いちおう私たちは本当の俳句を守っていかねばいけない。(「第1章 桂信子」)
 
女性俳人にはなるべくおとなしくしていてくれって望みたいね(笑)。俳句というものをお稽古事の世界に引きずり込んでいくのが女性俳人ですよ。お稽古事のほうの世界へ引っ張っていく、それがいいとか悪いとかというのではなくて。(「第3章 草間時彦」)
 

女性が自分とは異なる立場で俳句を
作ることを「ストレスの解消」「お稽古事」と低く見なす意識がここに見られます。20余年経った今、現役世代はどのような意識でしょうか。
 
そもそもこうしたオーラルヒストリー自体が現代の俳壇では貴重になっています。本書の続編的企画である島田牙城・櫂未知子編『第一句集を語る』(2005年)では鷹羽狩行、岡本眸、有馬朗人、鍵和田秞子、阿部完市、稲畑汀子、廣瀬直人、黒田杏子、川崎展宏、宇多喜代子ら10名が取り上げられていますが、すでに鬼籍に入った名前が半数を超えています。『俳句αあるふぁ』増刊号では近年、2度にわたって物故俳人を特集しましたが、ぜひご自身の歴史を語っていただきたかった方ばかりでした。もしいま、『証言・昭和の俳句』のような本が作られるとしたら、どのようなラインナップがいいか、考えてみることにも意味があるでしょう。
 
あるいは、昭和俳句の歴史についてあまり詳しくなくとも、当事者による談話体だからこそ興味をもって読み通せた読者、そしてこの一冊が契機となって、証言者の句集や昭和俳句の評論・鑑賞の本を読んでみたくなった読者もいるのではないでしょうか。
 
このように、『証言・昭和の俳句』を通読して得られる刺激や感想は多種多様です。単独でインタビュアーの役目を全うし、そして次世代への記憶の継承を願って復刊にこぎつけた黒田氏の苦労が結実したこの一冊が、「平成/令和の俳句」の歴史として回想される日もあるかもしれません。 (了)