本の森

編集部へのご恵贈ありがとうございます
2021年以後の刊行書から順不同でご紹介します

『パーティは明日にして』木田智美句集


  2021年4月
  書肆侃侃房
  定価:1700円+税


 

 1993年生まれの著者の句集。帯文で神野紗希氏が「ひりひりと光り出す、やさしい記憶」と書いているように、著者の世代が体験した2000年代から現代にかけての生活やカルチャーの記憶が軽快に取り入れられた俳句が詰まった一冊です。


  セレビィのいそうな百葉箱に秋

  消火器の中身ゆめかわいい雲だ

  チューリップにやにや笑う星野源

 

 これらの句は、読者の世代によっては、注釈なしには鑑賞しづらいかもしれません。「セレビィ」は2000年発売のゲームソフト「ポケットモンスター クリスタル」に登場するキャラクターで、作中では森の中の祠で出会えました。当時のドット絵ですからグラフィックは粗く、たしかに小学校の百葉箱に近い印象です。自分の小学校の裏に設置してある百葉箱からゲーム世界に空想を広げた当時の小学生もいたかもしれません。

 

 「ゆめかわいい」は2013年頃から流行した言葉で、甘やかなパステルカラーを基調とする「夢みたいにかわいい」色合いのこと。ファッションやイラストの世界で主に使われるようです。レバーを握れば勢いよく粉末が噴出する消火器。普段の消火器の中には、圧縮された粉末がゆめかわいい雲のようなもやもやとなって詰まっているのではないかと想像します。

 

 星野源はテレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」(2016年)への出演やその主題歌「恋」の製作などで知られるシンガーソングライター・俳優。たしかに星野源をイメージしたときに頭に浮かぶのは「にやにや笑」っている姿です。「星野源」と「にやにや」が結びつき、そして、なぜかそれが「チューリップ」という季語とも絶妙に響き合っているような気がする、痛快な句です。

 

  いつからか粗品と名乗りかじかむ手

 

 粗品はお笑いコンビ「霜降り明星」のツッコミ担当の男性の名前。高校時代からこの芸名だったといいます。「いつからか粗品と名乗り」というフレーズは、まるで粗品が、この不思議な芸名はいつから名乗っていただろうかと自分自身思っているようにも読め、また、10代から活躍した彼を早くから身近で見ていた誰かの視点とも解釈できます。「かじかむ手」という身体感覚が詠まれていますが、作者とはイコールで結ばれない視点を設定し、その視点人物の身体感覚を詠んだ点に面白さがあります。

 

 視点の位置が不思議な句があるというのがこの句集の特徴で、〈さっきまでピアノの部屋の蝶だった〉〈あした穴を出ようとおもう熊であった〉といった句もあります。

 

 〈ライブ後はみんなばらばら沙羅の花〉〈制服に小銭直接たい焼き屋〉〈春満月そのした京都アニメーション〉〈下駄箱に秋のホルンとすれ違う〉なども、世代を問わない青春の抒情が詠まれているとはいえ、1993年生まれの作者だと知った上で、どのバンドのライブだったろうか、思い入れのある京都アニメーション作品はどれだろうか、と想像したくなります。

 

 氏の句に時代の空気を読みたくなるのは、この句集の基調をなすのが口語の句であることと無関係ではないでしょう。〈用途なく春や付箋を買い足して〉のような古典文法を用いた句にも印象深いものはありますが、〈ラズベリータルト晴天でよかった〉〈コンビニの花火がしょうもなくて笑う〉等、口語表現が活きた句に秀句が多いように見受けます。(編集部)