本の森

編集部へのご恵贈ありがとうございます
2021年以後の刊行書から順不同でご紹介します

『山口誓子を知る その生涯と俳句』米田恵子・著


  2022年4月
  神戸大学出版会
  定価:1800円+税


 

 神戸大学には山口誓子の旧宅を復元した山口誓子記念館や蔵書・遺品・原稿等を収める誓子・波津女俳句俳諧文庫があります。本書は、神戸大学でこれらの整理、管理に携わり、誓子に関する論文も多数発表している著者が、学生をはじめ多くの人に誓子を知ってもらうために執筆した伝記です。

 

 学生を読者として想定し、「山口誓子研究をする人が出てきてほしいという願い」も込めて書かれているからでしょう、各章の区切りごとには「もっと誓子を知りたい人に」と題して、親類との関係、ドイツ文学、直筆資料、俳句史における位置づけなど、誓子研究におけるフロンティアが示唆されています。

 

 本文の内容にもまた、一次資料に接している著者ならではの新しい知見が盛り込まれています。例えば「ホトトギス」初入選句〈暑さにだれし指悉く折り鳴らす〉が揮毫された短冊(野風呂記念館蔵)。裏面には「大正十年十月十日午後十時」と「十」づくしの書き入れがあります。初入選を心の底から喜ぶ若き日の姿が彷彿とする短冊です。

 

 こういう資料まで残っているのかと驚かされたのは、昭和9年12月の句帖です。誓子は昭和10年5月に「ホトトギス」を脱退し、水原秋櫻子の「馬酔木」に移るのですが、前年冬のこの句帖には、誓子が高浜虚子に宛てて「ホトトギス」脱退の意向を示した手紙の草稿が書き入れられているというのです。

 

 誓子の句帖には、俳句以外にも、さまざまなメモ書きが残されているようです。戦後の昭和22年6月15日には、翌年創刊されることになる「天狼」の運営方針についてのメモが記されています。「対馬酔木のこと」「内部融和のこと」といった内容もあり、人間関係が複雑だった戦後俳句の息吹を感じ取ることができます。

 

 本書の末尾で「「俳句を楽しむ」から「俳句を研究する」へと進む人が出てくれることも期待してやまない」と述べる著者。未活用の資料の多い誓子研究の面白さを感じさせられる一冊です。(編集部)