本の森

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2021年以後の刊行書から順不同でご紹介します

『もっと俳句が好きになる 俳句ちょっといい話』
 谷村鯛夢・著


  令和4年5月
  紅書房
  定価:1500円+税


 

 長年にわたって婦人画報社の女性誌の編集者として活躍し、現在は出版プロデューサー、俳人としては「炎環」(主宰:石寒太)に所属する著者のエッセイ集。「ちょっといい話」といえば往年の物書き・戸板康二がさまざまな人物の逸話を紹介する随筆シリーズで、戸板をリスペクトしつつ、俳句版「ちょっといい話」を試みたのが本書です。

 

 取り上げられるエピソードは多種多様。月並宗匠相手に珍妙な自作を示して「もし芭蕉がおれの句を見たなら、きっと感心するだろう」とのたまった勝海舟、女学生時代の娘の晴子が試験勉強をしていると「父さんの子供だから馬鹿じゃないから勉強なんかはおやめなさい。父さんと一緒に遊びましょう」と言い出す高浜虚子、盃を手にしたときの肘の位置を藤田湘子に指導する石田波郷……。忘れられなくなる愉快な話の数々を読むうち、俳句の機微がわかったような気がしてきて、逸話というものの効能を実感させられます。

 

 〈東京に出なくていゝ日鷦鷯〉という句を句会に出したら「先生、みそさざいが居ましたか…」と問われて「見なけりゃ作っちゃいけませんか」と問い返した久保田万太郎、「俳句というのは結局、自得以外の道はないんだし」と述べた加藤楸邨、日本とは季節感の異なるチュニジアで句会をするために「見たもので最も近い季語を使えばよい」というルールを採用した鷹羽狩行。

 

 ちょっとした毒気が混じっているのも愉しいポイント。石原裕次郎と水原秋櫻子の忌日がともに「あじさい/紫陽花忌」と称されることについて「裕次郎ファンの方々は多分、ご存知ないことでしょうが」と言ってみたり、安倍晋三首相(当時)の俳句を取り上げて「俳句という表現そのものに、そういう、とってもいい気持ちにさせてくれる要素がある、ということも、自戒としておきたいところですが……」とくさしてみたり、晩年の金子兜太を「このところ、いいのかねと思うほどカリスマ化されて"兜太神社"までできそうな勢い」と書いてみたり……。

 

 師系の加藤楸邨や、お住まいの清瀬市ゆかりの石田波郷の話題が多めであるほか、徳川慶喜、渥美清、梅棹忠夫、板東三津五郎、桂米朝、江國滋、高橋治、大橋巨泉など、専門俳人以外もラインナップに入っています。(編集部)