本の森

編集部へのご恵贈ありがとうございます
2021年以後の刊行書から順不同でご紹介します

岩岡中正『幕末の漂流者・庄蔵』


  令和4年1月
  弦書房
  定価:1500円+税


 

 江戸時代、海での遭難のために国外へ漂流してしまった人々がいました。彼らの中には幕府の方針によって帰国が許されず、外国で一生を終えた者もありました。その一人が、いわゆるモリソン号事件の当事者である庄蔵です。本書は庄蔵が日本に残した長女の子孫にあたる著者が、先行研究を丁寧に踏まえつつ、新資料を駆使しながら、庄蔵の生涯を追った一冊です。

 

 文化4年に肥後川尻・正中島町の廻船問屋に生まれた庄蔵は、天保6年、仕事中に大風に遭ってフィリピンに漂流、マニラを経てマカオに送られました。同じ境遇の漂流者とともにアメリカの商船・モリソン号に乗船して帰国を目指しますが、モリソン号は外国船の撃退を旨とする無二念打払令によって砲撃され、撤退、帰国は絶望的になります。庄蔵はその後マニラで、米国人宣教師S・W・ウィリアムズに協力し、最初期の「マタイ伝」の邦訳に尽力、その後は香港にわたって仕立屋として成功し、アメリカ人女性と結婚しました。

 

 モリソン号事件ののち、マニラの庄蔵は日本の父へ宛てた手紙を書いています。この手紙は長崎奉行所経由で奇跡的に父へと届けられました。その際に幕府の上層部の目に触れて、無二念仏打払令の撤回の一因になったともされる歴史的な手紙です。「日本より出し日を命日になされ」という一節が痛切です。著者は、この手紙が神仏については言及していながら、自身の庇護者である宣教師や自身が関わる聖書翻訳については触れていないことに注目し、キリスト教の禁制という大罪を犯した以上は帰国が不可能だと悟った上での、あくまで無事をつたえることを目的とした手紙だった、と考えます。

 

 しかしながら、キリスト教に触れたことは、決して庄蔵の人生を暗くするものではありませんでした。聖書翻訳の機会を得てキリスト教とのセカンド・コンタクトのさきがけとなった庄蔵は、「天は自ら助くる者を助く」という言葉で表現されるような自立した近代人となり、それゆえにグローカルな世界観の中で生き抜くことができた、というのが著者の見立てです。「ワレ イセイアリ ワレ ソノヒトノ ゾウリモ トレヌ ワレ チヤラメラヲ フイテモ オマヱタチ オドラヌ」というような、文語調を目指しながらも民衆たる自身にとって熟した表現があふれでる庄蔵の翻訳は、彼が第二の人生を歩み出すために必要な内面を獲得する過程の産物だったのです。

 

 本書の価値は、川尻に残る文献を調査したことにあります。たとえば盆踊の記録に庄蔵とその父の名前を発見し、故郷を捨てざるを得なかった庄蔵の生涯の思い出の風景であったかもしれないと想像しつつ、当時の町人が親しんだ芝居、浄瑠璃、踊唄とも通底する庄蔵訳聖書のドラマティックな表現の背景に、この町の豊かな文化を見ます。また、庄蔵漂流後に父が関わった不動産取引の文書を検討して従来は未確定だった庄蔵旧居の位置を推定したり、庄蔵の娘の戸籍から、庄蔵の書簡が届いたのち、庄蔵の娘が結婚し、その際に庄蔵の父が庄蔵夫婦の戸籍を抹消、庄蔵の娘夫婦を養子として戸籍を一代繰り上げたという事情を指摘したりと、文献調査に基づいた新しい知見も盛り込まれています。

 

 古文書を検討した末に浮かび上がってくる一人の人間の姿に胸を打たれます。(編集部)