本の森

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2021年以後の刊行書から順不同でご紹介します

『花と夜盗』小津夜景句集


  令和4年11月
  書肆侃侃房
  定価:1900円+税


 

 第2回攝津幸彦賞(準賞)で突如として登場し、第1句集『フラワーズ・カンフー』(2016)では田中裕明賞を受賞した著者の第2句集。『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(2018年)をはじめ、エッセイの分野でも活躍します。

 

 本書は「句集」と銘打たれていますが、一般的な句集とは趣きが異なります。漢詩を短歌や連句風に翻訳したり、武玉川調の短句(七・七)や都々逸(七・七・七・五)といった専門の実作者が少ない形式を実践したりと、さまざまな趣向が凝らされているのです。

 

 武玉川調を試みた「貝殻集」の章を見てみましょう。武玉川調とは、16世紀中期の江戸において、秀抜な付句を撰した『武玉川』に掲載された短句の形式で書かれた句のことです。後発の川柳が五七五の長句形式であるのとは異なり、『武玉川』には長句と短句が入り交じっており、短句を単独で載せ、読者に鑑賞させるという方法を採ったのは歴史上この『武玉川』にしかない特徴であったため、単独で発表される短句のことを特に武玉川調といい、現代の川柳作家にも一部、実作者がいます。

 

 いつしか凧は夢をみてゐた

 架空の島も昏れてゆくのか

 

 武玉川調は、「世界最短の詩形」などとも言われる俳句形式よりもさらに短く、また、同じ七・七の韻律を持つ短歌と比べても、上句の17音分がまるまる存在しないため、一句の中に書き込めるイメージの総量がかなり限られてきます。近世の『武玉川』の面白さは、こんなに短い形式であるにもかかわらず、たとえば〈死んだ家老に叱られる夢〉〈鶏飼うて夜も見に行く〉など、物語や人情の機微があざやかに思い浮かぶというところにありました。

 

 一方、小津氏の武玉川調の句は、その短さを開き直りつつ、現代俳句や現代短歌と同じテンションで言葉を連ねてゆくような風合いです。「凧」は何かの隠喩なのか、「架空の島」をこの人はどうやって認識しているのか、句を解釈する鍵を提示する余裕もないこの形式を前にして、読者は、途方に暮れながらも、断片的な言葉の中に凝縮された詩趣を味わうことになります。

 

 もう一つ、「水をわたる夜」の章も紹介しましょう。漢字三文字だけで俳句を書くというコンセプトの連作です。大規模な字典に掲載されている長い訓読みの漢字を活かして、たった三つの漢字で17音を構成するという、超絶技巧が展開されます。

 

 英娘鏖 はなさいてみのらぬ/むすめ/みなごろし

 

 連作の白眉は帯にも引用されたこの句でしょう。女として成熟しながらも子をなさない娘たちが虐殺されるという、エロティックで残酷なイメージが詠まれています。「英」と「鏖」という長い訓読みを持つ漢字で「娘」という字を挟むだけで、単に17音になっているだけではなく、一般的な俳句と比べても見劣りのしない詩的な景が結ばれます。

 

 優雅で華やかな言語遊戯に酔いしれることができる知的な一冊です。(編集部)