本の森

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2021年以後の刊行書から順不同でご紹介します

飯田秀實『山廬の四季 蛇笏・龍太・秀實の飯田家三代の暮らしと俳句』


  令和4年10月
  コールサック社
  定価:1800円+税


 

 山梨県笛吹市境川町に山廬と呼ばれる古いお屋敷があります。飯田蛇笏・龍太親子が生活した建物です。裏に回ると狐川があり、橋を渡った先は後山と呼ばれる裏山に入ります。蛇笏・龍太親子の俳句の原郷である山廬には、門人のみならず多くの俳人が訪れました。

 

 山廬はいっとき管理が行き届かず荒れてしまったこともあったそうですが、現在は、龍太の子息・秀實氏が蘇らせ、その歴史や魅力を発信しています。本書はその秀實氏が山廬の四季の様子を記したエッセイと鮮やかな写真、そして蛇笏・龍太の俳句を掲載した一冊です。

 

 龍太は随筆の名手としても知られました。その子息だから、というと安直かもしれませんが、秀實氏の文章も粘り腰で味のある書きぶりで、じっくり読みたくなる自然描写に溢れています。

 

 (山椒は)秋それまで緑色だった実が赤く変わる。しばらくするとその赤い実から漆黒の種が顔をのぞかせる。その種が次々爆ぜて地面に落ちるのだが、山椒という木はよほど土を選ぶらしく、爆ぜた種から芽を出すということはあまりないらしい。(「1 実生」)

 

 山廬という土地にふさわしい雰囲気の書きぶりだと感じられます。「秋それまで」「よほど土を選ぶらしく」といった滋味のある表現に立ち止まり、ゆっくりと読みたくなります。建築、生活、自然などを細やかに描写する氏の文章を読みすすめるうち、読者は実際にこの山廬を訪れ、自分の眼で見たような思いになるのではないでしょうか。

 

 ひとたびは荒れた後山を、里山として再生する最中で体験した自然との対話も読みどころです。

 

 なによりも、春蘭が蘇ったのは嬉しい。蛇笏が後山を散策したころは春蘭が群生していたが、檜の成長とともに姿を消し、絶滅したと思っていた。しかし、落葉樹を増やしたところ少しずつ株が復活し、いまでは、かなりの株数になっている。(「3 後山の春」)

 

 引用箇所のあとには蛇笏の〈春蘭の花とりすつる雲の中〉の句が引用されます。甲斐の自然の中で生きた蛇笏・龍太の句に対する理解を、秀實氏は、山廬の再生といういとなみの中で、さらに深めることになったのではないでしょうか。(編集部)