本の森

編集部へのご恵贈ありがとうございます
2021年以後の刊行書から順不同でご紹介します

田口茉於句集『付箋』


  令和4年8月
  ふらんす堂
  定価:2500円+税


 

 

 『はじまりの音』(平成18年)につづく第2句集。著者は昭和48年生まれ、「若竹」同人、「風のサロン」会員。表題は〈付箋にも星の輝くクリスマス〉というきらきらしい句から取られています。

 

  吊し雛朱き暗がりだと思ふ

  夕焼のための初雪かと思ふ

 

 「と思ふ」の2句。どちらも見たものの印象を独自の感受性で捉え、美しく言語化しています。ともに作者の主観が入り込んだ句ですが、「だ」は断定するような言い方、「か」はそこはかとなくそう感じたという言い方で、感じ方の違いが微妙に詠みわけられています。

 

  固まりて帰る新入社員かな

  昼寝して母を待ちゐる母の家

 

 右も左もわからず、まだ社内に知り合いらしい知り合いもいないながら、同期入社という連帯感で、連れだって退社していく新入社員。一人立ちしたあとも気兼ねなく留守の間にあがれる母の家で、主である母を昼寝しながら待つちょっとした倒錯。日々の生活の中に浮かび上がる微妙な機微が掬い取られています。

 

  子を産みし体となりぬ春の果

  子を立たす眩しき場所や冬の森

  子の歌の悲しんでゐる冬木かな

  泳ぎきて肌のつめたき子どもかな

 

 子どもを詠んだ句が多いのも特徴です。第一子出産から詠まれており、さながらお子さんとお母さんの心の記録のような趣きもあります。「子を産みし体となりぬ」という身体の感覚、「眩しき場所」に「子を立たす」という現実から浮遊するような情景、子どもながらに悲しみが感じられる「歌」の様子、触れてみてハッとする泳ぎのあとの子の「肌」の冷たさ。単に子育てを題材にした表面的な句ではなく、母としての自分をたしかめ、子どもに思いを傾けるさまが、深い心でうたわれています。(編集部)