本の森

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2021年以後の刊行書から順不同でご紹介します

越智友亮句集『ふつうの未来』


  2022年6月
  左右社
  定価:1800円+税


 

 

 アンソロジー『新撰21』(2010年)に最年少の18歳で入集した著者の第1句集。

 

 まず驚かされるのは卓抜なリズム感です。

 

  ゆず湯の柚子つついて恋を今している

  今日は晴れトマトおいしいとか言って

  焼きそばのソースが濃くて花火なう

 

 散文では「今恋をしている」の方が自然な語順ですが、「今している」を下五に置くことで生じる跳ねるような韻律が、恋をする気持ちの高揚を伝えます。「とか言って」は単にくだけた話し言葉を使ったのが手柄というわけではなく、下五の韻律にぴったりと嵌ることでこの言葉が強調されているような読み心地。「なう」という言葉も、昨今はあまり聞かなくなりましたが、この俳句の中ではいきいきと利いています。接続詞の前後で文脈が切れる唐突さに妙味があるという点では〈コンビニのおでんが好きで星きれい〉(神野紗希『光まみれの蜂』2012年)と好一対をなすような印象です。

 

 短詩の口語表現では、日常の話し言葉の息遣いをそのまま作品に生かすという方向がある一方で、短詩に持ち込むことで日常では感じられない印象が言葉に生じるのを楽しむという方向があり、氏の作品には後者が多いようです。〈冬の金魚家は安全だと思う〉の「思う」には、内容と相まって閉塞感がありますし、〈風鈴や昭和のことについて聞く〉の「ことについて聞く」にはぎこちなさが感じられます。〈暇だから宿題をする蟬しぐれ〉の「~だから」という因果や「宿題をする」の「を」には、俳句という文体の中では不協和音のように感じる読者もいるかもしれません。しかしそれは、これらの言葉を俳句に落とし込むとどうなるのかという実験なのです。〈パトカーを見た緊張やつくつくし〉も同様で、口語文法と古典文法が混在しているではないかと咎め立てをしてもはじまりません。

 

  思い出せば思い出多し春の風邪

  死後に手紙を読まれたくなし飛花落花

 

 こうしたフレーズ型の句からは、師とする池田澄子氏を思い起こします。池田氏にも〈育たなくなれば大人ぞ春のくれ〉(『いつしか人に生まれて』1993年)〈初恋のあとの永生き春満月〉(『ゆく船』2000年)といった句があります。

 

 フレーズ型の句では〈君のこえは君の言葉に柚子は黄に〉も秀抜です。「君」の声と言葉を明るく、軽快に、それでいてせつにことほぐような句。いきいきとした「君」の存在、そしてその「君」を近くでみつめる視点人物の充実感が感じられます。

 

  ライターは煙草をいじめ春の星

  改札に切符は臆し夏つばめ

  ヒートテックは肌を励ましウヰスキー

 

 無生物の擬人化の句が散見されるのも特徴で、池田氏のテイストも感じられつつ、まさに「励ます」という動詞が共通する〈道ばたは道をはげまし立葵〉(『呼鈴』2012年)の句がある小川軽舟氏の動詞の使い方も連想されます。「いじめる」「臆する」「励ます」といった意外な動詞の斡旋が句を光らせています。(編集部)