編集部へのご恵贈ありがとうございます
2021年以後の刊行書から順不同でご紹介します
2021年10月
角川文化振興財団
定価:2700円+税
加藤瑠璃子氏は加藤楸邨の次男・冬樹の妻で、楸邨の没後は「寒雷」の選者や後継誌「暖響」の顧問を務めた人物です。楸邨が残したものを見守りつづけ、令和2年11月4日に84歳で亡くなりました。本書はその遺句集です。
夕虹の地に近きほど濃くなりぬ
藤大木一本の木のその広さ
どんど焼き片目の達磨燃え出して
霧の中どう動いても霧まとふ
夕暮に立つ虹の濃淡、花の盛りを迎える藤の存在感、火に投げられた達磨のあわれさ、身にまとわりつくような霧の質感……観察的な態度で詠まれる句のなかに優しさ、明るさ、叙情、味わいがにじみます。
大鮟鱇べたりと置かれ箱の中
鮟鱇の俳句といえば誰しもが加藤楸邨の〈鮟鱇の骨まで凍ててぶちきらる〉(『起伏』1949年)を思い出すでしょう。その鮟鱇を詠むからには自恃の思いも湧いたのではないかと想像します。「べたりと置かれ」という即物的で質感のある表現が巧みです。
聞こえなくなるまで聞きぬ秋の鐘
ねむりたる鴨の間に亀もゐて
菜飯など炊きたる頃や母のをり
日本の田すべてが田植え済みたる日
平明で優しい視線の句にも特色があります。1句目の「ただごと」の感じ、2句目の詩想の素直さ、3句目の懐かしさ、4句目のちょっとしたユーモラスさ、読んでいて心が落ち着きます。
あとがきを書いたのは、晩年の瑠璃子氏からよく俳句の話を聞いていたという長男の真幸氏。「「感合」を何とか一句にまとめあげたいと、夜が更け、逡巡の挙句、元に戻ることが多々であった」といいます。また真幸氏は最後に「母の最晩年、闘病、体調不良の中、自身の過去の作品や他の方の印象深い作品に発想を重ねてしまうこと、判断の混濁等はみられたようであります。作句において思いもよらぬご迷惑をおかけしたとしましたら、陳謝申し上げます」とも書いておられ、その丁寧さに胸を打たれました。(編集部)