本の森

編集部へのご恵贈ありがとうございます
2021年以後の刊行書から順不同でご紹介します

小熊由句集『太陽之塔』


  2021年11月
  私家版
  定価:1500円


 


私家版

 

 ありがたいことに、編集部には日々さまざまな方から俳句雑誌、句集、評論・随筆集等の謹呈をいただきます。存じ上げない方の句集でも、佳句に唸ったり、発見があったりすることが多いのですが、この小熊由氏の句集『太陽之塔』もそんな一冊でした。著者略歴もない自費出版句集です。

 

 『太陽之塔』は主に連作を収録した句集です。「カメラ・アイ(夏原)」「エレベーターガール」「コレラ」「スキー宿」など、昭和初年代に山口誓子や日野草城が発表していた連作を思わせる古風な題材が選ばれています。特に目が留まるのは「オープンカー」(18句)です。〈青芒分けどこまでもセブンティーン〉の「青芒」など他の季語で詠まれた句も若干ありますが、おおむね次のように、「オープンカー」を季語として詠んでいます。

 

  髪結はへオープンカーの彼待つ間

  コロナ抜くオープンカーが抜きかへす

  オープンカー速みてなほも増す力

  影も亦オープンカーのシェイプ哉

 

 今日もきっとオープンカーで迎えにきてくれるだろう「彼」を待つ間に結い直す髪、ゆきずりのコロナとのささやかな対立、速さ・駆動力・デザイン……、どこを切り取っても格好いいオープンカー。「青芒」の句があるので、夏の情景なのでしょう。こうしてみるとオープンカーには活力あふれる夏の季感があるように感じられてきます。オープンカーに乗りながら感じる風は、たしかに夏にこそ満喫できますね。

 

 「オープンカー」を夏の季語とするのは、実は著者の独創ではありません。句集冒頭に掲げられた小文「季語「オープンカー」について まえがきに替えて」によれば、山本健吉が『新俳句歳時記』(1954年、カッパ・ブックス)以来、自身の編んだ歳時記で「オープンカー」を夏の季語として歳時記に載せているというのです。

 

 残念ながら著者の挙げる『新俳句俳句歳時記』は確認できなかったので、改訂版である『増補改訂 新俳句歳時記(二)夏の部』(1964年、カッパ・ブックス)を見たところ、たしかにありました。夏の部の補遺(三夏)に次のように載せられています。

 

  オープンカー 夏は〈無蓋車〉に乗って、ドライブを楽しむ人たちもある。

 

 例句はありません。この歳時記は、民俗学への関心が強かった健吉が、風土に密着した自然現象・行事の言葉を新しい季語として多く採用したことで知られる歳時記なのですが、一方、現代的な風俗も生活の季語としてかなりの数、取り入れています。「モーターボート」もその一例で、こちらは例句として楠本憲吉の〈夕焼さめし湖に食い込むモーター音〉が挙げられています。作者はもちろん「夕焼」が季語のつもりなのでしょうが、この歳時記では、その言葉が使われていれば例句として出すという方針のようです。とすれば「オープンカー」は当時、季語としての使用例がないばかりか、俳句ではそもそも詠まれていない言葉だったのでしょう。

 

 健吉が自身の歳時記に加えた新季語の中には、その後、季語としての作例が後追いで登場したものもいくつかありますが、「オープンカー」の句はその後も現れていないようです。前出の「季語「オープンカー」について」で小熊氏は、健吉の意志を受け継ぎ「誰に軽蔑されようとも、オープンカーを季語として扱い、それが夏の季語として、立派に機能することを、実作を以て、証明してみたい」と述べます。「誰に軽蔑されようとも」というのは気負いすぎの感がなきにしもあらずで、興味深く読む読者は多いのではないでしょうか。(編集部)