本の森

編集部へのご恵贈ありがとうございます
2021年以後の刊行書から順不同でご紹介します

『星野立子賞の十年』星野立子賞選考委員会編


  令和5年3月
  角川文化振興財団
  定価:3000円+税


 

 昭和5年に女性による最初の結社誌『玉藻』を創刊するなど昭和期を代表する女性俳人である星野立子。公益財団法人上廣倫理財団では2012年から、女性俳人の優れた句集を表象する星野立子賞を実施してきました。本書は創設10年の節目にこの賞の来し方をふり返るものです。各受賞句集の秀句と選評、受賞の言葉と、現在の著者による回想、自選30句が掲載されています。

 

 第1回の受賞者は若き津川絵理子氏の『はじまりの樹』。〈夜通しの嵐のあとの子規忌かな〉〈秋草に音楽祭の椅子を足す〉などの句が評価されました。刊行から10年が経ち、著者は、句集制作時の感情はほぼ思い出せないとしつつ、「こどものようにワクワクして、熱中していたように思う」と回想します。

 

 第2回は大ベテランの西嶋あさ子氏の『的皪』。〈沖波の一途の高さ西行忌〉〈年々や桜にかなふ髪の白〉。〈沖波の〉の句に対して選考委員の小澤實氏は「西行忌という季語の位の高さと沖波の高さのバランスが取れている。波を詠んでも、そこには作者の顔が見えてくる」とし、師系の安住敦や久保田万太郎の顔まで見えてくると鑑賞、「これは現在、希有のこと」と絶賛しています。

 

 第3回は髙田正子氏の『青麗』。〈影増えて二階囃の始まりぬ〉〈ゆふがほの実を雨粒のつたひだす〉。編年体ではない句集です。当時著者が吟行録を書いていたブログのカテゴリーが偶然にも句集の章立てに反映されたという興味深い回想があります。

 

 第4回は藺草慶子氏の『櫻翳』。〈いなびかりしづかに亀の浮かび来る〉〈わが身より狐火の立ちのぼるとは〉。前者は立子の娘である星野椿氏が「写生の眼が行き届いています」と評し、後者は黒田杏子氏が「実在感とともに幻想性を感じさせるところに魅力があります」と評しています。選考委員ごとに異なる評価軸が垣間見えるのも楽しいです。

 

 第5回は駒木根淳子氏の『夜の森』。表題句〈見る人もなき夜の森のさくらかな〉の「夜の森」は福島県浜通りの桜の名所「夜の森公園」のことです。「発電所はかつての夫の職場であり、生まれたばかりの息子と暮らした社宅もあったが、放射能汚染により人が住めない土地になってしまった」といいます。〈海原に祈る濃き虹また祈る〉。

 

 第6回は瀬戸内寂聴氏。〈仮の世の修羅書きすすむ霜夜かな〉等、文筆家や尼僧としての人生が滲んだ句集でした。選考委員の宮坂静生がユーモアのある〈むかしむかしみそかごとありさくらもち〉を推したように、幅広い味わいの句が収録されています。

 

 第7回は対中いずみ氏の『水瓶』。〈麦の穂の重なりあへば無きごとし〉〈菊挿すやさつとやみたる山の雨〉。早世した師・田中裕明の選を経た句をまとめた第1句集、裕明没後の吟行句を中心にまとめた第2句集ののち、テーマを意識して編んだ第3句集です。

 

 第8回は小林貴子氏の『黄金分割』。〈治郎(はるろう)の忌や大寒の草新た〉〈邯鄲やかけてとどまる釉(うはぐすり)〉。「治郎」は信州大学の図書館員だった俳人だそうです。

 

 第9回は藤本美和子氏の『冬泉』。〈夕刊のたたみてうすき氷点下〉〈ねむりたる赤子のとほるさくらかな〉。藤本氏といえば綾部仁喜に師事した俳人として知られますが、「受賞の言葉」によれば当初は「玉藻」(当時は病臥の立子に代わって妹の高木晴子が選者)に属し、若手が集う勉強会に学んだのだとか。

 

 第10回は井上弘美氏の『夜須礼』。京都の伝統行事を詠んだ句が多い句集です。〈水平に差し出す笞(しもと)青嵐〉について選考委員の西村和子氏は「京都の上賀茂神社の競馬を見たことのある人には思い当たる動作です。「競馬」ではなく「青嵐」と季語を置いたところに工夫を感じます」と評します。

 

 女性が保護され、特別扱いされ、珍重されて来た俳句史の過去と現状と未来を考える時、女性の句集に大賞が限られてきたこの賞のあり方も、形を新たにするべき時が来るのも、そう遠いことではないかも知れない。

 

 西村和子氏が本書に寄せた言葉です。立子が生きた時代はもちろん、10年前から比べても変容した社会で、女性と俳句について考えるとき、重い言葉ではないでしょうか。(編集部)